呼吸をするような自然さで君を。


シュートの成功率がだいたい四割を越えた辺りから、スリーポイントシューターの名が与えられる。
だが緑間のスリーポイントは大抵九割は決まる。
彼曰く人事を尽くしているからだそうで、決して落ちることはない。
1割弱は球数が500を越えると外し出すことや、ブロックされたことなどの例外を含んでいる。
高尾は今まで、そのような理由が無い場合で緑間が外したのを見たことが無かった。過去、一度も。











それは今までの暑さが嘘みたいに和らぎ、涼しげな風がそよぐ日であった。
練習も終わりに近付き、ミニゲームの最中。
高尾と緑間は敵同士となっていた。こういうことはよくあるし、別段気にしてはいなかった。
緑間が居なければ居ないで高尾は眼を活かして上手くパスを回し繋げるし、自身でシュートもする。
だがやはり、緑間中心のバスケが身体に染み付いてはいるから、緑色が視界に入るたびに、ボールを出したくて堪らなくなる。
それを堪え、同じチームの宮地にボールを回した。
つもりだったのだが。

「ぎゃっ!!」

「高尾ぉ!てめなに緑間にパス出してンだよ!」

「違うっすよ今のはあいつのスティール!」

素早くボールを拐ったのは、細身で長身。
緑間は流れるような動作でドリブルを繰り出し、そしてシュートモーションへと切り替わる。

「くっそ、」

宮地がブロックに走る。
高尾は言わなかったが、間に合わないと思った。

(さっすがうちのエース様…。今日もたっけえ弾道でございますねぇ…)

入るのが当たり前。
そうしたように、高尾も周りも、ブロックしている宮地自身も感じたろう。
触れることが出来なかったら、緑間のスリーは落ちない。だから。

「え…?」

ガコン、と厭な音がして、綺麗なループを描いたシュートが外れたのが、一瞬信じられなかった。
暫く瞠目してしまう。

「高尾、動け!」

言ったのは宮地だった。
まだ衝撃からは立ち上がれていないが、まだ練習中だ。それに、今のはたまたまかもしれない。
言った宮地さえ、瞳を僅か揺らしていた。
撃った本人を咄嗟に探す。

(真ちゃん…)

緑間が、外す?
ブロックはされなかった。フリーであった。
その状態で。
彼は同じチームであった大坪に話し掛けられていた。やはり大坪はキャプテンなだけあり、取り乱したりはしていなかった。
ただどうしたのかと静かな調子で短く尋ねた。
「すみません」と小さく珍しく殊勝に頭を下げた緑間に驚いたのは、宮地も大坪も同じだろう。
だが、一番驚いたのはたぶん自分ではなかろうか。
(プライド高くて、スリーにあんな絶対的な自信を持ってる、真ちゃんが?)
それから密かに動揺した高尾は、パスミスを一度し、ファンブルもした。
宮地は高尾を責めることも怒りもしなかった。
彼だとて、動揺していたのだろう。
緑間はあれから何回かスリーを撃ったが、半々くらいでしか入らなかった。
後は、外したのだ。
あの、緑間が。








いつも通り、緑間に付き合っての居残り練習。
先輩たちは皆一様にスリーを外した緑間は気にかけていたが、本人が普段と変わらずの様子なため、声もかけらずにいたようだ。
いつも緑間を轢くだ刺すだと喚く宮地が、

「お前、どうかしたんかって聞いとけよ?」

と一番に駆け寄ってきたのには吃驚した。
なんだかんだで緑間を心配しているらしい。
分かりにくいものだ。
相変わらず緑間はシュート練習をしていた。
ハーフコート少し出前辺りからのスリー。
いつもなら、外すはずがない。まだ100本も撃っていないのだから。
だが緑間が放つ高弾道のシュートは、半分ほどゴールに嫌われた。
また、外れてボールが転がり、横から見ていた高尾の足元まで来る。
拾い上げて、素早く緑間にそれをパスする。

「真ちゃん!」

「ああ」

造作もなく受け取った緑間は、またそれを放つ。
今度はしゅぱっとネットを揺らす音だけが静かに響き、決まった。

「ナイッシュー」

声をかけたが、緑間は答えようとはしなかった。
いつものことだが、今日はいかんせん気になる。
そんな高尾の様子が伝わったのだろう、緑間は横目でこちらを見た。

「何なのだよ」

「へっ、」

「訴えるような目でこちらを見るな。鬱陶しい。」

にべもなく冷ややかに緑間は切り捨てる。
高尾は食い下がった。

「だって!そりゃ見ちゃうだろうがよ!だって、真ちゃんさあ、今日…」

何回スリー外した?
それは何故だか、口にするのを憚れた。
別に、外したらいけないわけではないのだ。
ただ、いつもと違うから。いや、そうではない。

「キセキの世代の緑間真太郎が外す訳がない。」

部員が一様に思ったのは、これではないか。
天才ともてはやされた彼らが、自身のスリーを外すなど俄に信じられない。
信じたくない。
そのような理由だ。

「馬鹿め。」

言葉に詰まった高尾に緑間が投げ掛けたのは、たった一言であった。

「ちょ、ひでぇ真ちゃん!まだ何も言ってねーよ」

「言わずとも、お前の顔が何より雄弁に語っているのだよ。」

うざったいとばかりに、彼は僅かに眉を寄せた。

「…調子わりぃん?」

「さあ、どうだろうか」

「どうだろうって…。んだよ適当だな、自分のことじゃねえかよ…」

本当は大声で詰め寄って、どうしてだ何があったと問い詰めたかった。
だがそれをしたところでなにになる?
だから高尾はいつもと同じく、笑いながら軽く肩をすくめて見せただけだ。
「…分からないんだ。」
そんな葛藤を知ってか知らずか、緑間はいつになく小さな声音で呟いた。
それは純粋に困ったような、子供が迷子になったような言い方である。
高尾は瞠目した。
先ほどから、彼は素直過ぎるくらいだ。

「分かんないって…?」

「中学の時から、定期的にあったのだよ」

「急に入んなくなることがあったん?」

「ああ。暫くどう躍起になったとて、成功率は変わらなかった。だが一週間ほど経てば、戻る。」

「ほんとに、戻る?」

確認のつもりだった。
どうして外れるようになるかなど、微塵も気にかけられなかった。
あのスリーを二度と見られなくなるのは嫌だ。
緑間にパスを出す、大きな理由であるのだ。
そう聞いた高尾を、緑間は目を細め見詰めた。

「スリーが入らない俺は、可笑しいか?」

どこか嘲るような、そんな口調であった。

「可笑しくは、ねぇけど」

でも、いつもなら。
緑間は詰まらなさげにボールをバウンドさせる。
そのらしからぬ姿を見るのが気まずくて、高尾は咄嗟に話題を逸らした。

「し、んちゃん。今日はおは朝で何位だったん?」

「…二位なのだよ。」

律儀にも彼は答えてくれた。順位は悪くない。

「へ、え。ラッキーアイテムは?」

「俺は抜からない。きちんと所持している」

「だよなあー…」

聞いてみたものの、いやに白々しく響いた。
それをどう取ったのか、緑間はくっと喉を鳴らした。

「…いくら俺が万全を尽くしたとて、入らない日はある。」

「え…?」

「ラッキーアイテムなど、所詮は自分を信じきれない臆病で偏屈な男がみっともなくすがっただけのものに過ぎん。」

驚くほど淡々と、緑間はそれらを否定してみせた。

「それでシュートがどうこうなるとは思っていないのだよ。ただそうでもしないと俺は撃つことさえままならなくなる。」

その感情は、誰もが皆感じたことがあるであろう。
漠然とした不安。
らしくない、などではない。緑間は、ずっと悩んできていたのだ。
たったひとり。
ひた隠しにしながら。
天才だともて囃され、高見に押し上げられた彼は。
どうしようもなく高尾と同じ、高校生だった。

「俺からスリーを取り上げバスケを消し去ったら、何も残らないのだよ。」

だから、こわい。
まるで無邪気な言葉のようなそれは、いつもの軌跡を描くシュートとともに放たれたものだった。
だが今度はゴールにすら届かずに、空しくボールは外れて転がる。
高尾は無意識に、そのボールを目で追った。
黙ったままの高尾をどう思ったのか、緑間はちいさく息を吐いた。
「キセキの世代と呼ばれた者は、不調になるのすら許されないのか」
それは嘆きだった。
それにうち震えた。
違うだろう?
緑間はもうキセキなんかじゃない。今は、秀徳のエースなのだ。
おれの、おれが。

「…ちげぇよ。真ちゃんは「秀徳の緑間」だ。」

「は、ならば秀徳に入ったからシュートが入らなくなったのだろうな」

半分当て付けのような、嫌味だったのだろう。
彼はあまりにキセキの世代に縛られていた。
そして今まで拘束していたのは、紛れもない高尾たち自身であったのだ。
ミスは誰だってある。
それをどうして咎め、不安がる必要がある?
人間は失敗からしか学べないという。
ならば過ちを犯さない緑間は、一生学べない。
ちがうだろう。
彼は変わりつつある。
妨げるのは、だれだ!

「…何度でも言う。お前は秀徳の緑間だ。」

「お前はなぜ、そう…!」

かっとしたように緑間は高尾を睨み、そして肩の力を抜いた。諦めたように、脱力している。

「もう、」

「いい、とか言わせねえから。なあ、真ちゃん。」

もっかい撃ってよ。
几帳面で白く細く美しい指先を、軽く握る。
抗うように手が引かれたが、離さなかった。

「…「秀徳の緑間」だから、入るよ。」

「は…」

「俺は秀徳のバスケ部に入った真ちゃんを信じるよ」

真摯に告げた。
真っ直ぐに瞳を見詰めれば、緑間の綺麗な目が、ゆらゆら揺れる。
揺らぐそれは怒っているようで、泣きそうだった。

(こんなに分かりやすい、ヒントはあったのにな)

どうして気が付かなかったのか、なんて。
愚問だ。
高尾はどこかやはり緑間を遠巻きに見ていた。
彼は天才だから、自分たちとは違うのだとくだらない枠組みをつくって。

(真ちゃんだって、俺らとおんなじじゃねぇか)

「今までそうだったかって聞かれたら、情けねぇけど胸張って答えらんない。けど、今なら言えるよ」

噛んで含めるように、ゆっくり紡ぐ。
きちんと言葉が届くよう。

「お前を信じてる」

だから。

「もう一度、撃って」

入るよ、と囁いて高尾は握ったままだった指先にそっと唇を落とした。
あまりに優しい、口づけであった。
緑間はひくりと身体を震わして、それでも押し黙って口は開こうとしない。
無言のままカゴからボールを掴み、静かにシュートモーションに入った。

(ああ…)

分かるよ。分かるんだ。
確信がある。
俺には分かっちゃうよ。

「こんなの、外れるわけねえじゃんか。」

なあ。
思った通り、パーフェクト。問題なんて一つもない。

「ナイスシュート…」

小さく、声をかけた。
緑間はらしからぬように俯いていて、どんな表情をしているか分からない。
見事ゴールに決まったボールは、体育館を転がる。

「…信じるなど、」

「うん」

「初めて言われたのだよ」

「…うん。」

「昔は入れるのが当たり前で、スリーは一人で撃つもので、外すのは自身の鍛練が足りないからだと、言われて、俺はその通りだと、おもっていたんだ」

自信無さげな、幼子のような告白だった。
たどたどしい言葉を、高尾は溢さないようにと必死に聞き取ってゆく。

「でも、お前が、信じるなどと…。まるで俺が、一人ではないみたいに言うから、おれは、」

「一人じゃないよ」

「っ、」

「一人じゃない。」

また、緑間に歩み寄る。
今度はそっと抱き寄せた。慎重差があるから、なかなかに辛い。

「…さっきも、入ったっしょ?」

「たまたまかもしれん」

「んなことねーって。俺の言葉とまじないさえありゃあ、100%安泰よ。」

「どうだかな…」

僅かにだけだが、笑うようなそんな気配。
耳元で感じて、ほっとして嬉しくなる。

「ちなみにさあ、おは朝で俺は何位だった?蠍座。」

「…よ。」

「ん?」

「一位、だったのだよ。」

「ふはっ、ほらなあ!」

笑ってやれば、ふんと鼻を鳴らされる。

「たまたまだ」

「偶然も続いてきゃあ必然になんだよ真ちゃん」

「屁理屈だ。」

「お前に言われたくねー」

笑いながら、返せばまた緑間はシュートを撃ち出す。入る。
今度は外れない。
だって、お前を信じる奴がそばにいるんだ。
しかもおは朝で一位。
これから緑間がまた入らなくなることがあるかもしれない。
だけれどもう周章てたり、動揺はしないだろう。
自分にすべきことが、分かったのだから。

(俺はこのエース様を、信じて疑わず迷わずについていけば良いだけだ。)

そしてあの嘘のような軌跡を描くシュートが決まったあと、一番に大きな声で言ってやるんだ。

「真ちゃんっ!ナイスシュート!」










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