孤高であるが故に赦される


「世界は理不尽に溢れてるってこったな。」

鬱陶しげに前髪をかき上げた宮地は、そう言って乱暴に汗を拭った。
側でそれを見ていた高尾は、タオルを差し出す。

「どーぞ。」

「ん?やだよ、お前の使いかけなんて」

「ちゃんと新品っすよ!」

まったくデリカシーが無いというか、人の親切を無下にする男である。

「で、宮地さん。今のどーいう意味なんすか?」

「まんまの意味だよ。世の中有り得ねぇようなことが罷り通ることもある。てめぇのお姫さんみたくな」

「真ちゃん?」

「我が儘三回。」

「ああ、なるほど…」

妙に納得してしまう具体的例である。
緑間はバスケにおいて天才的であるから、高尾自身はそれに不満は無いが。

「でもだって、宮地さんだって真ちゃんのアレにはむかついてないでしょ?」

「むかつくむかつかないじゃねえだろ。認める認めないの話だ」

「俺は認めてますよ。」

「お前は緑間贔屓の緑間信者だからな。」

「ちが、そうっすけど、そうじゃなくても、」

「うっせ、分かってら。俺だって、気に食わねぇけど認めてるわ」

吐き捨てるように告げて、宮地は体育館の地べたに座った。今は昼休憩だ。
まだ十二分に午後練までに時間はある。
高尾は座らずに彼を見下ろして、話を続けた。

「じゃあ何で、理不尽なんて話したんすか」

「お気に召さないか?」

「いや、宮地さんがそーゆうの言うの珍しくないスか?割りに実力社会の実力行使派ぽく見えたんでー」

宮地はニヒルに唇をつり上げて、ああよく分かってるなあなどと嘯いた。

「…宮地さんに誉められても嬉しくねえすよ。寧ろこえー。」

「お前って奴は無礼な野郎だよなあ高尾ー轢くぞ。」

「すんません軽口が過ぎました慎みます」

勢いよく頭を下げる。
からからと笑った宮地は、ねたばらしをするかのように悪戯っぽい顔付きをして、人差し指を唇に当てる。

「教えたるよ」

「何をすか」

「緑間ァ、さっき二年の二軍の奴らと一緒に、体育館抜けてったぜ」

「は、ぁ!?」

思わず頓狂な声を出す。
周章てて口を押さえたが、そもそもざわつく休憩中なのだから必要性は無い。
辺りを見渡しても、確かに緑間の姿は見当たらない。

「な、んで早く言ってくんないの宮地さん!」

「鷹の目がさぼってんじゃねーよばぁか」

「気ぃ抜いてる時に全体見てるわけないっすよ!しかも宮地さんが意味深なこと言い出すから!」

「俺のせいかよ。てか、いーわけ?大事な大事なお姫さま奪われてて」

「良くないです!」

きっぱり言い張って、急いで体育館を出る。
呆れたような宮地のため息が背後から聞こえたが、まあ気にしない。
そもそも回りくどい彼がいけないのである。
才能を羨む凡人の醜い嫉妬など理不尽でしかないが、それをあそこまで遠回しに告げられてはいくら勘が良かろうが気が付く筈もない。食えない人だ。

「真ちゃん!」

名前を呼びながら、体育館周りを捜す。
暫く捜索していると、ふと籠るような声音。
ひょいと水のみ場の影から顔を出せば、まさにな状況にこんにちはである。

「あららら…」

こちらに背を向けている緑間の前には、二軍の名前も知らない先輩ふたり。
一対二というのか些か宜しくない状況下だ。
というか、フラグは立っている気がする。

「なあ緑間あ、調子乗ってんなよ?」

「お前一年なんだからよお、あの態度はねーだろ?最近宮地さんたちにも近付きやがって!」

「媚でも売ってんのかよ」

いやいやいや。
突っ込み所満載のいちゃもんである。
まあ唯我独尊で不遜な緑間の態度は決して快いものではなく、目に余ることも多々あるであろう。
だがそれを補う余りあるほどの才能を見れば、大抵の者は黙り込む。
だが彼らは違ったらしい。「なあ、何とか言えよ!!」そして宮地云々の件だが、これはちゃんちゃら可笑しいという話である。
緑間のような男が媚を売るはずがないのだ。
喧嘩は売ったとて。
先輩に取り入らなくともスタメンになる実力を、彼はしっかり持っている。

(まったく真ちゃんは、こういう奴らにゃ直接的にもってもてなんだよなあ)

ひっそりこっそり緑間を尊敬崇拝している輩が居ることを知っている。
それは何ら危害を加える訳でもないから野放しだが、間接的である。

(逆なら良かったんに。)

「おい緑間!」

そろそろ本格的に手が出そうだと踏む。
どのタイミングで行くか悩んでいると、そんな躊躇いを遥か先に追い抜いた冷ややかなまでに爽やかな、辛辣無比な声。

「たのしそーなことしてんじゃねぇか、なあー?」

ばっと振り返ると、かなりの近距離に綺麗な笑みを顔に張り付けた宮地が。

「いつの間に来たんすか!?てか追ってきたなんてなんやかんや緑間のこと心配してんすね!」

「だぁからー、鷹の目ぇ節穴じゃねえのそれ。」

「はい辛辣ー。それ言わなきゃ完璧見直してました」

「どういう意味だコラァ」

突然現れていさかい紛れのことをやってのける高尾と宮地に、二軍のふたりは驚いたように目を瞬いた。
そうしてすぐにその瞳には分かりやすい怯えが走る。

「まあそれについては後々根掘り葉掘り聞くとしてだな、おい。」

眼力だけで殺れそう、などとは断じて口にしない。
ちらりと緑間を見れば、背を向けたまま微動だにしていなかった。
何かしら反応あってもよさそうなものだが。

「影でねちねちこそこそ、何してたのかな〜」

「あの、これは、」

「言い訳いらねえから」

宮地の瞳が細まる。
ぞくり、とした。
あそこまで、人間は冷淡になれるのだろうか。
そんな視線だった。

「つーぎこんなふざけた真似してみろよガチ轢く。」

一息に言った宮地はそれはそれは清々しいほどの笑顔と殺気だった。
情けない声を上げて二年生が逃げてゆく。

「真ちゃん…?」

未だ動かない緑間を不審に思い呼び掛ける。
まさか、泣いていたりしないだろうな…?

「余計なことをするな」

「んなっ!?」

まさかの返ってきた答えはあまりに辛辣という…。
しかも口を挟んだのはどちらかと言うと、宮地寄りであるのだが。

「…高尾。」

流石思うところがあったらしい、暫くの間の後、ぼそりと緑間は付け足した。
ちらりと宮地を見れば、さして気にしている素振りもない。表情という表情も浮かべてはいない。
「なーんそれ。助けてやったんだろ〜」
口調だけは軽薄な宮地に、緑間が振り返る。
その瞳に浮かんでいたのは、怒りでも憤りでも嫌悪でも感謝でも敬意でもない。

「必要ありません。」

誇り高い、自尊心。
射抜くかの如く真っ直ぐにこちらを見詰めてくる。

「真ちゃーん、そんな言い方ねえんじゃね?」

「言い方が悪かったなら謝ります。ですが、俺にそれらは必要無い。」

彼は宮地へと目を細めた。

「へえ、そうかい」

「そうです」

その二言を聞いただけで、すぐに理解した。
ああ、それで良いと。
彼にはその権利がある。

「高尾、俺は先に戻るのだよ。いつものところで食べている」

「あ、うん。りょーかい」

緑間はもうこちらには目もくれずにすたすたと行ってしまった。
残された高尾と宮地は、黙りこんだままだ。

「意外でした」

「…なにが」

「宮地さんキレっかな、と思ってたんで。轢くぞ緑間ぁって。」

「まあ実はかなりキテる。頭に。だがまぁ、こればっかはしゃあねえだろ」

がしがし頭をかいた宮地は、苦笑混じりなように、ぼそりと言った。

「エースはあんぐらいがちょーどいんだよ。その土俵に胡座かいて、余裕ぶっこいて、誰の助けすらいらない、孤高なくらいの。」

「…ああ、そうかも、しれないっすねえ」

妙に納得して頷いた。
緑間は孤高だ。孤独ではない。自ら選ぶのだ。
険しく辛い道を。

「傲慢で偏屈なエース様々ってとこですかね」

「だなあ。あー、なんかまじ轢きてぇ。なんで俺が納得しなきゃなんねんだ」

「それが緑間っすよ」


笑い合い、慰め合い、諦めながら歩き出す。
明日もエースと並び歩いて行くのだ。
立ち止まる暇など、一部たりとも無いのだから。



end

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