エースというものは
2012/10/13 19:33
緑間がチームプレーをするようになったのは、進化かそれとも退化か。
エースというものは絶対的な力、実力をもってしてなり得るもので、そのエースが言い方は悪いですがチームのためにレベルを合わせる。
実力が違うのは致し方ない、でもそれを自然だとおもってしまうのはなんだかなあとおもう
エースならばエースらしくチームのことは鑑みずにのびのびプレーをするものではないか。
…とかいうことを考えるとなんかもう朝も起きれません。
一度ぴくしぶに上げてる小説内でこの永遠とも呼べる(わたしだけ。)話題についての話を書きました。ただ高尾がぐずってるだけみたいになりましたが。
でもやっぱり素直にひとりだけじゃなくてみんなで協力する素晴らしさや凄さを知った緑間はすてきだとおもいます。
昔より私はいまが好き。
でもエースの定義的に見れば、些かチームメイトは心苦しいだろうな。
「あいつにレベルを落とさせてるのは、俺らのせいだ。可能性を潰しちまった」
なんて宮地さんが後悔してたりしたりしないかも。
でも高尾とのコンビネーションは可能性だし成長だよね。
だからつまり何が言いたいかというと緑間は秀徳はいって良かったねってことですよ。桐皇とかいってたら変わらなかったかもね。青峰はまじでエースってかんじ。
退化でも進化でも彼が納得して人事を尽くしているとおもうのなら、それが最良でしょう。
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