レーゾンデートル
じゅうじゅうという音。香ばしいソースの香り、もくもく立ち昇る湯気、ゆらゆらと踊る鰹節。青海苔は――今日は半円分。
素敵ハーモニーの総仕上げ。カンカン、と音を立ててさいの目状に切り分けて行くテコ。銀色のそれに添えられた細長い指を、今日も向かいからうっとりと見つめる。
「――おし。ほれ食いや」
聞き慣れたその合図に、思わずパチパチパチパチ! といつも通り手を叩くも、やはり私のソロ拍手だけでは何だか物寂しい。いつもならここでひよ里から小姑さながらのダメ出しがあって「あぁ? 何やと!?」ときっちり拾った真子が応戦してる頃。
まぁまぁと宥めるローズの横からは、いっただっきまーす! と白の箸が伸びて、テメエ直食いすんなつってんだろ! と拳西の怒声が飛び、ハッチが白のお皿によそってあげて、その間に羅武はほくほく顔でとっとと食べ出している。
そしてリサが自分のお皿に取りながら、よう飽きひんね、と呆れた声で私に告げる。それがここでの定番。なのにどうして今日に限ってふたりなんだろう。いや、真子の職人さばきを独占、なんて私には物凄い贅沢だけど。
不可解を抱える私が目線を送ると、とっとと食わんかい、と言わんばかりに目を細めた真子に、くい、と顎でしゃくられた。
「い、いただきます……」
大人しく鉄板に箸を伸ばしつつ、もう一度チラと上目で盗み見れば、傾いたジョッキの下で白い喉仏が気持ち良さそうに隆起している。昨日のカウントダウンから半日、あれだけ飲まされただけあって中身はコーラだけど。
……ああ、だけど昨日も楽しかったなぁ。
誕生日恒例のバカ騒ぎ。カウントダウンを終えると同時にさんっざん飲まされる主役は、酩酊状態で『叩いてかぶってジャンケンポン』で勝たねばプレゼントを得られない。始解こそしないが使うのは斬魄刀と虚の仮面だ。
どない状態でも戦えるようならなアカンやろ、というひよ里のひと言に端を発したこの遊び。何より抜刀時間込みなあたりが盛り上がりの肝。ちなみに今回、真子は3回ほど瞬歩で逃げた。
そうしてひとしきり騒いだ後、大抵が空腹の第二ピークを迎え、朝までやっているこのお好み焼き屋さんを皆なで訪れる。あとは帰るだけだから髪が臭くなろうがどうでもいい、がパターン。
だけど100年目の今回は私と昼デートをするんだと頑なだった真子。それは良いにしても、何を思って真昼間からふたりでここに来たかったのか皆目わからない。
「はー……美味しー……」
それでも、まーいっかって気になってしまうのは多分、真子の芸術品がとびっきり美味しいから。
不本意にも現世に至り、辛うじて良かったと思えることが私には3つだけある。皆なが生きていること、美味しい食べ物、と――
「沙絵……今日はあと1杯だけにしときや」
「え〜……」
呆れを含んだ向かいの苦い顔。釘を差すようにピシャリと向けられた箸先は、私のお皿の横で汗を掻いているグラスを指している。
「何べんも言うようやけどな。オマエはクリームソーダを溺愛しとるかも知らんけど、お好み焼き食いながら飲まれるクリームソーダはオマエのこと嫌いやと思うで」
「何べんも言うようだけど、クリームソーダは世界を救うんだってば」
100年、いったい何度このやりとりをしたことだろう。確かに『世界を救う』は大袈裟かもしれないが、少なくとも私の世界を変えてはくれたのだ。
なぜ、こんなことになったのか。
日々それだけが巡り続ける私の思考にピリオドを打ってくれたのが、この鮮やかな緑色だった。現世にはこんな綺麗な色の飲み物があるのか、と。そして、なかなか浮上できない私を連れ出し、当時はまだ高級品だったこのクリームソーダと出会う機会をくれたのは、他でもない真子だった。
「ったく、オマエのどぎついモン好きはほんーま変わらんなぁ」
「他は、変わった……?」
「アホ、変わっとらんかったら今はないやろ」
現世に来て良かったと思えること。皆なが生きていること、美味しい食べ物。
――それと、真子との今。
密かに、憧れてはいた。
白と霊術院で同期だった私は、十番隊は四席でありながら何度か彼らの飲みの席に参加させて貰う機会があり、その輪に混ざれるだけで幸せだった。
けれど副隊長選任中に思いがけず隊長が亡くなってしまい、私は悲嘆に暮れる猶予もなくあくせく飛び回る事態に。ひとつ上の三席が隊長、私が副隊長の務めをこなす日々が続く中、三席が隊首試験を受ける日取りが決まって以降は、私の副隊長昇進も色濃いものとなっていた。
浅ましくも私は、心の何処かでほんの少し、夢を見てしまっていた。垣根がひとつ減り、白たちと肩を並べ何の引け目もなくあの場に参加出来る。そんな、淡い夢を。
――けれど、こんな形で全ての垣根がなくなることなど、一体誰が望んだというのだろうか。
魂魄消失案件。死神の犠牲者が出てしまい、六車隊長と白が野営をすることになったと聞いた私は、たまたまポッと空いた時間に差し入れを持って行こうと思い立つ。元より食い意地ではとうの昔に肩を並べていた私たちは、そんな風に隙を見てはお菓子の渡しあいっこをしたりしていた。
奇しくも私が瀞霊廷を抜け出したのは、隊首会召集の僅か四半刻ほど前のこと。
テントへ向かう途上、突然暗闇に包まれたかと思えば背中に走った激痛。そこでぷつりと意識は途絶え、目が醒めた時には自分の中に得体の知れない存在を抱えて現世にいた。訳が分からなかった。
なぜ、こんなことになったのか。
白、今いる皆な、憧れていた『平子隊長』。当たり前に誰ひとりとして犠牲になどなって欲しくはなかったが、上からの命で動いた彼らと私は決定的に違う。
私は私の軽率な行動で、漸く隊長、副隊長の座が埋まりそうだと皆が安堵しかけていたその時に自分の隊、十番隊を捨てた。
――罰が当たった、と思った。
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