← (3/4) →その沙絵っちゅー女は、とにかく何もかんもがハッキリしとる女やった。
一旦自分の洗濯モン倉庫まで置き行ってから、さっき交換しといた連絡先に電話して大体の場所を聞いて。何ちゃらハイツ的なアパートの2階、滴りよる汗を拭いながら言われた部屋のピンポン押したら応答もなしにドアが開いた。
「あ、ちょっと待って」
入って言われてすぐ、玄関で腰掴まえて項に舌ぁ這わしたれば、タンクトップん裾から潜りかけた俺ん腕をぺちぺちタップしよって。
「何やねん、まどろこっしいんは嫌いやで」
「あー違う違う、今のままじゃするスペースがないの」
荷造りの途中やったから言うて沙絵が開けた先はごく一般的なワンルームやってんけど、そこそこ冷房の効いた部屋には確かにひと目で分かるほどベッドから床からそれっぽいモンで溢れ返っとった。
中でも目ぇ引いたんは、ローテーブルん上のカメラと数個の交換レンズ、外部フラッシュ、ミニ三脚やら。
――と、壁にぶあー貼られとるスナップ写真。
「……取材て、もしかひとりなんか?」
「あーそうそう殆どひとり。はいこれ」
とりあえず飲んでて、言うて缶を寄越しよった沙絵は、これからすることの為にベッドの上を空けに入りよった。3時のおやつやのうてビールかいな思うたものの、プシュてタブ起こして流し込んだれば、プハー! ……何や言うても、やっぱし美味いモンは美味いなぁ。
あっさり思い直して暇潰しに壁んスナップ眺めてみたら、オッチャン、オバチャン、ジーチャン、バーチャン、姉チャン、兄チャン、子供、 カップル……。
国内外の旅先だけやのうて、身近な記念写真っぽいヤツも丸っとごっちゃの、人、人、人。しかも揃いも揃うて全員カメラ目線で笑うとる。
「オマエ、人しか興味ないねんか?」
「撮ってるよ。景色や建物、動物も。それは個人的な出逢いの記録」
すぐ返ってきよった声に振り返ると、空いたベッドに腰掛けた沙絵が自分のビールをプシュッとやりよったとこやった。
「でもいつか本にする」
そう、ごく自然なことのよに言い切って、缶に口ぃつけよって。
色んな場所で出逢った人たちを、ここにはこんな楽しくて素敵な人がいるって自慢するガイドブック作る。まだライター語るにぺーぺーだから「ワシが生きてる内に頼むよ」とか茶化されもするけど、ちゃんと了承も得てるよ。
そないに続けてえらい朗らかに笑いよった挙句に、
「真子も載る? ノーギャラだけど」
やら、フザけて言いよるから、行きずりの男なんか載っけてどないすんねん言うて笑うたった、けど。
「ほんま変わった女やな」
「お互いさまじゃない?」
「好奇心なお年頃やんか俺」
「あ、私も私も」
『したい』やのうて『する』の語尾。
今はまだ、ごく普通のガイドブック作っとる沙絵が、未来にどないな出逢い自慢をしよるんか。それをちょっと見てみたなったのは多分
――「何でもいいけど、しないの?」
「……あ? おーするする!」
偶然逢うた相手に飲みモン奢ることに、理由の要らん女やから。
「はー……良かったなぁー……」
クソ暑い真夏の夕方、キンキンに冷房効かしたった部屋に特有の歪んだ空気が充満。ふたりには狭いシングルベッド。俺ん横にうつ伏せた沙絵は、虚ろな瞳のまま満足の余韻を露にしとる。
「……沙絵、オマエ色々と正直過ぎるわ」
無論、その正直さは最中かて同し。駆け引きも何もない代わりに欠片も躊躇いなんか見せへん。甘ったるい会話もなし、刹那的な勘違い求めるよに名前を呼んでくれなんかも言わん。ただの男と女や。
それでいて自分本位なワケでものうて、寧ろ行為そのもんはめっちゃ誠実な感じがしてんやんか。
――つまりは俺かて、めちゃめちゃ良かってんけども。
「軽すぎるってこと?」
「アホか、ええ思いさして貰た相手蔑むほど落ちぶれとらんわ」
「んーこれでも吟味はしてるんだよ? 感覚的に、だけど」
「……何やオマエが言うと、野性の勘みたぁに聞こえるわ」
風潮通りのセオリーにのっとる手順踏むガラやない、やら居直ってイキる気なんかあらへん。それはそれや。
ただ、そん筋道に拘るばっかりに降って湧いたタイミングをみすみすフイにしてまうのも、何か違う。ワケありの俺と忙しい沙絵。理由は違えどそないな部分でたまたま一致したんかも分からんな。
「なぁ、さっき言うとった『いつか』て、オマエん中ではいつなん?」
「んー……『世界は私の庭』って言えるぐらいになったら?」
「ぶっ! まぁたでっかく出よったなー確実に寿命足らへんやんけ」
「うんそうなの。どうしよ、あはは」
ともあれ、まずはフリーになっても食べて行けるくらいにならなきゃね。
そないに笑う顔が進む先が見えとる幸福に満ちとって、何や分からんけど愛おしなって。猫っ毛な髪くしゃてしたれば、えらい気持ち良さそに目ぇ瞑りよる。
喉でも撫でたればほんまゴロゴロ言い出しそや思て、ちょっと笑けた。