← (2/4) →「……ほなジャワティー」
もうええわ思いながらテキトー言うたれば、気が合うねーいう声に続いてゴトンいう音が2回。ハイて渡されたん受け取っておおきに言うたら、ニッなんか笑うて「いいね、おおきにって好き」言うてベンチ戻りよった。
ほらな、ほんでまぁたガイドブックや思たら、自分のをゴクてひと口飲んで何や渋い顔で首ぃひねりよる。ほんなら次の瞬間、いきなしそれ持ったまんまスクッと立ち上がって言いよったやんか。
「ね、ちょっと聞いていい?」
「……」
俺しかおらんなんか分かってんねんけど、一応いう感じでベンチとは逆ん方に首ぃ向けてみて、
戻したら
「うをっ!」
……目の前にしゃがみ込んどったわ。
そんふたつの目が見とるんはやっぱし、表紙にギリシャて書いてある付箋つきまくりの本やけどな!
若干イラッと来てもうた瞬間そん顎がクッて上がって、何や分からんけど見つめ合うーみたいなことなってもうたやんか。じっと見てきよる利発そな瞳に耐えかねて、程ええしなやかな筋肉がついとる二の腕に目線をずらす。
な、何やねん……俺は一緒行かれへんねんぞ……?
「ちょっとさ、今から見せるページのどの店がいいか、直感で言って貰える?」
「は、店ぇ……?」
アホな妄想しかけとったとこ、本人何やえらい真剣な表情でコクコク頷きよる。
何やよう分からんけど、別にアカンいう理由もあらへん思て、俺は組んどった足ぃ降ろして前傾姿勢なってん。ほんなら俺に見せるよう向きを変えてから、開いたガイドブックをスッて差出してきよった。
素直に受け取ったった俺に、「こっちだけね」言うて彼女が指さしよったんは右のページ。見たら何や上中下いう感じで2店舗ずつ、飲食店が6つばかし紹介されとって、1店舗につき写真1枚、それぞれのウリに合わして店内や外観、食べモンなんかが載っとる。
「……よう分からんけど、パッと見で入ってみたい思うんはここやな」
そん中から俺が、テーブルに美味そなピザやら何やらが乗ってて、店ん雰囲気も分かるひとつを指さしたれば、すぐに「どれどれ」みたく覗き込まれた手元から、ふわって柑橘系のええ匂いがした。
「うわーやっぱりそこかぁ……」
しゃーけど、確認した途端アチャ〜的な顔んなった彼女が「やっぱ外せないか」やらボソて言いよって。
「そないようさん候補があんねんか?」
「あー違うの。ここ美味しくて向こうでも人気のお店なんだけど、ほら見て」
あ? 思いながらも、言われるまま指された場所を見てみると、予約不可・不定休、営業時間は18時頃から(要電話確認)やら、何やえらいフリーダムなことが書いてあるやんか。オマケに注意書きまで、看板が出とらんから近くの教会を目印に、みたぁなアバウトさ。
「でも実際行くと、その教会自体もすっごく分かり難いんだよね。しかもオーナー以外英語通じないし。あーどうしよっかなぁ……」
んあ……? ちょお待て何やサッパリ話が見えへんぞ?
――フッツーにそんだけ分かっとったら、何も問題ないんちゃうん。
ピーーッ! ピーーッ!
不意に届いた終了の甲高いアラーム音。自分んとこやったんか、それに首だけで反応しよった彼女は
「ありがとね。そのへん適当に置いといて」
笑顔で言うて立ち上がると、すぐにぐりんぐりん首体操しながらすたすた乾燥機に向かいよった。
……マジでわっけ分からん女や。
思いつつ、何となしに観察しとったら、扉開けて取り出しかけた中身、何やおもむろにギュー抱え出しよったやんか。
「うわぁ、ふかふかぁ〜!」
「ぶっ……」
むっちゃ無邪気な顔見て思わず吹いてもうてんけど、本人まるで耳に入っとらんご様子。夢中や夢中。
「アレか? ジブンんとこも洗濯機壊れてもうたクチか?」
もうほんま何でもようなっとった俺は、そこで初めて自分から話ふってみてんけど。
「え? あぁ、壊れてるんだけど、壊れてないんだよねー」
「は!?」
……やっぱし触ったらアカン子や、この子。
思い掛けたら、何や液晶がつかんくなってもうて? 乾燥に切り替えられへんけど洗濯は出来るいう話やったらしい。しゃーけど今日は夜までに乾かさなアカンもんで、それでコインランドリーに来たんやと。
「んあ、それて単に接触不良とかなんちゃうん」
「そうなのかな?」
「何や、ちゃっと見てくれる男のひとりもおらへんのか」
「んーいたらその人かわいそう。ま、その前に敬遠されるけどね」
そういう仕事してるから仕方ない、なんか言いよるから、流れんまま何しとるん? て聞いてみてんけど。
そん意外な答えには、思わず目ぇ見張ってもうた。
「それ。そういうの作る下請けの会社で働いてる」
店のカゴカートに洗濯モン移しながら、彼女が顎でしゃくりよった先は、俺?
――の手元、か?
あまりの想定外に呆けたまんま、未だ持っとったガイドブックに今一度まじまじ視線を落とす。つまり、さっきの店どないしよやら言うとったんも、載せる載せないいう仕事絡みの話やったんか。
何となしにペラペラ捲ってみれば、観光スポットんページの『○×美術館、10月修繕終了予定』やら書いてある付箋なんかに目が留まる。
「こん記事なんかも……ジブンが書いとんのか?」
「ああ、今出てるそれは別の人。改訂取材で行くのは今回が初めてなの」
そないしょっちゅう飛び回らなアカンねんかて聞いたら、こないして海外に行くんは年に2、3回程度。実際にはそれを形にする作業と、単発の企画やら他ん仕事も多いらしゅうて、会社に泊り込みなんかも多いとか。
「……旅行で行くんか思とったわ」
「うん、普通はそう思うよね」
そないに言うてカラカラ笑いよってんけど、そん顔は欠片も迷いみたぁなモンのない、えらい清々しいもんやって。
『男がおらんくても充実しとる』
嫌味のないやたらハッキリしたそないな態が、小気味良くもあり
――何やちょっと、癪でもあり。
「見たろか……? 洗濯機」
言葉ん裏っかわをわざと露にしたった俺の試すよな口調に、一瞬だけ見開かれた目ぇ。次いで微かに女の影が滲んだそれが示しよった、シンプルな興味。
「じゃー、お願いしよっかな」
駆け引き無用や言わんばかりの笑顔であっさり返された了承に、そこもハッキリしてんねや思て内心で苦笑。一時の戯れにしても、こないけったいな女に食指が動くとか、俺も大概どうかしとるわ。
……しっかり暑さにアテられてんねんなぁ。