選択革命
『早く会いたいなぁ』
根っからの甘え下手な沙絵がそないなメールをポツて寄越しよったんは、月を跨いだ出張から俺が戻る前日、昨日の夜更けのことやった。
見た瞬間、何のネタや思うてもうたんは、同郷のよしみいう事実を差っ引いても、ぶっちゃけ致し方ないやろ思う。実際 俺はその前日、晴れて梅田の事業所へ異動を果たしよったアイツから「歓迎会やって貰うてるねん」て、ごっつ嬉しそな声で報告されたばかり。
水曜が引越しやろ? ほんで木曜に異動して歓迎会、からの金曜と来れば……地元の友達で集まった末の酔っ払いメールが妥当なとこか。
そないに当たりをつけた俺は、「俺も」の二文字の後にめいっぱい改行入れて「って、なに言わすんじゃアホ。ほどほどにしとかんと明日どうなっても知らんで」とだけ返しといた。
『せっかくだし、今夜はホテルかどっかに泊まらへん?』
引っ掛かったんは、東京の本社へ戻ったその足で再度乗った新幹線の中で見たメールやった。
同期として東京で出会うた沙絵も俺も、部署は違えどあっちこっちの事業所をたらい回しにされるんが常。月の変わる数日前に「平子くん、来月からどこそこ行って」なんちゅー辞令もザラ。
付き合うてそこそこなるけど、はっきし言うて遠距離やら何やらいう次元やない。近なったり遠なったり、行き違うたり。極力経費を利用しつつも航空会社から鉄道各社に至るまで、なんぼ貢献してきたかなんか考えたないレベルや。
今では二人して引越しマスターもええとこ。俺ん部屋には沙絵が使うてる化粧水やら何やらが一式揃うてるし、沙絵の部屋には俺の下着に始まり、私服、スニーカーなんかがある。
“いっつもな、一緒に引越してる気分やねん”
いつやったかそないに言うたアイツの嬉しそな声は、今でも俺の耳に残って日頃の活力んなってくれとる。
そんな中、何でか地元大阪だけ綺麗に避けられとった沙絵にとって、今回の異動はこのご時世に相当な大口取ってのけてようやっともぎ取った初の希望転属。
そこで、そういやよう考えたら俺ら同し大阪出身やのに、向こうで会うたこと一度も無いなーいう話から、ほな戻って書類届けたら行ったるわーなったわけやねんけど。
ルームサービスやらマッサージやら頼んで? たまのセレブ気取りプラン、とも取れんくはない。しゃーけど昨夜俺が返信して以降、何の応答もなしやったんが今んなって妙に引っ掛かってしゃあない。
まさか、誤爆か……?
お互いサマちゅーたらそうやけど、同郷や言うたかて俺は社会人なってからの沙絵しか知らんわけで、アイツの地元の交友関係について決して明るくはない。沙絵が『会いたい』思たんが俺やなかった場合、その相手に当てはまんのが友達いう括りとは限られへん――
……アホか俺は。 何いらんこと考えてんねや。
そこが欠けてもうたら終いやろっちゅーとこまで飛びかけた思考を断ち切ったるべく、軽く口つけたきりやった缶コーヒー飲み干して外を流れよる景色をぼんやり眺めてみる。
「なんぼ速なったか知らんけど相変わらず長いで、新横・名古屋間……」
しゃーけど続いて入った真っ暗なトンネルん中、窓に映りよった自分の顔が思うた以上に強張っとった事実に心底ゲンナリしてもうた俺やった。
ぼちぼち寒いで、なんか言われとったものの、昨日まで仙台におった俺んとっちゃホームでマフラーしまった程度には大阪は快適やった。広場にぶあー掛かっとるアーチやらイルミネーションにしても、何やえらい張り切っとんなー思えてもうたり。
しゃーけど結局、いったん気になってまったら止まらんくなるのが人のサガっちゅーもんで。
久々に食うとんぺい焼き、昆布の旨みがええ感じな出汁巻きの感動もそこそこに、何やかんや俺ん意識はテーブル挟んだ向かいで楽しげに喋っとる沙絵の様子に集中してもうとった。
「それでな、デスクから呼んだんよ。そしたら彼、どないしたと思う? 座ったまま椅子のコロコロでシャーッて来て、しれっと『何ですか?』言うたんやで? シャーッて滑って。考えられへんやろ?」
今回もしっかりオチ付きやったわーなんか言うてケラケラ笑いよる沙絵は、どうやらまぁた難儀な部下を抱えさせられてもうたらしい。ネタ的におもろいかも分からんが、そんなん俺が喰ろたら確実に「いやオマエが何ですかやろ」言うわ。
ちゅーてもそこまでキョーレツなんはともかく、何やかんや手ぇ焼かしよる部下のひとりやふたり、どこ行ってもおるもんやけど。ただ沙絵の場合、大抵のヤツが手ぇこまねいてまうよなクセの強い中途が多いとこへ狙って放り込まれる。それも、全員男で半分年上なんちゅう環境かて珍しない。
『出来るから』言うたら聞こえはええけど、たらい回しの果てにやっとこさ念願叶えて結局それかい思うと、なんぼタフネゴシエーターやら言うて褒めそやされよが、ぼちぼち上への薄ら寒い思いを誤魔化すんも潮時な気ぃしてくる。
「ま、何とか上手いこと出来すぎクンにしたててみせるわー」
……何が問題てコイツのコレやな。
ある意味、いつもと変わらんその様子にはとりあえず安堵はするものの、こないして暢気に笑うてる顔を見とると、前々から薄っすら感じとった別の懸念がむくむく沸いてきてまう。
「あんなぁ、沙絵。オマエもうちょい会社に自己主張したった方がええ思うで?」
「え、主張て何を?」
「何もせんと希望通したんちゃうやろが。それも目標を大幅に上回る数字叩き出したったんやで? 栄転ならともかく、そないなオチ付けられるなんか普通におかしいやないかい」
「そうやけど……せやかて歩合はしっかり貰えるわけやし……」
アホ、そんなん当たり前や! 間髪入れんと言うたったら、叱られた子供みたいにちーんなりよった。こないして膝つき合わして飲むんも久々やねんけど、ほんまコイツのコレだけは理解でけへん思う。
持って生まれた性格もある思うし、そないにガツガツしてへんとこに惹かれたんかて事実や。ただ時々、自分の境遇に疑問ひとつ沸かんレベルで気持ちが揺れんくなってきてるようにも思えてまう。
しゃーけど、きっちり箸まで置いてちんまりなっとるその姿に、ここでわざわざするよな話ちゃうか思て、ハァて息吐いてから俺は話を切り替えたった。
「なぁ、オマエどうせまだ荷解き出来てへんねやろ? 明日手伝うたるつもりやってん、やっぱしオマエんとこにしようや」
「え! せ、せやけど明日一日しかあらへんのにそんなん勿体ないやん。それにほら、真子の着替えかてこの通り、しっかり持って来てんねんで?」
そないに言いながら、自分の隣のトートバッグをぽんぽん、なんかしよる沙絵を、俺は穴でも開けたろかいう勢いでじーっと、じーっと凝視。
なに噛んでねんコイツ、やり手営業マンが聞いて呆れるわ。
「何や俺、来えへん方が良かったみたいやんな」
「は……? え、ちょ、待ってって真子。何でよ?」
「あ? 何でやないわボケ。俺がオマエんとこ行ったら何や不都合なんねやろ? せやったらもうええちゅーてんねん!」
「ええ!? なぁ、ひょっとして何か勘違いしてへん? 私はただ真子をあのビックリハウスに泊めることに気ぃ引けてるだけやねんで?」
「ハァ? 何がビックリハウスやねん! オマエにビックリやっちゅー話――」
……ちょお待て、何やビックリハウスて。
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