← (4/4) →途方に暮れたものの、どちら様か存じませんが貴方様にとって有益となり得れば是幸い、と己に言い聞かせ、私は大好きな桜の元へと引き返したのでした。
が、何とそこにいたではないですか、かの少年!
しかしながら何やらをぶつぶつと呟く奇行(これまた今にして思えば鬼道でありました)に気付き、またしても私は些か距離を取った場所よりこっそり観察。
程なく、ぼふん! という音と共に桜の根元の土が地上に噴き出し、そこに大きな穴が開いたのです。次いで私の体を抱えて自らその穴へと降りた少年は、すぐに独りの姿でぴょんと中から飛び出て来て。
「ちゃんと魂葬して貰たんかなぁ……せやけど履物履いたまんまいうことは身投げちゃうやんなぁ?」
などと、顎を擦りながら物云わぬ私の体へ話し掛けてくれていたものですから思わず、うんうんうん! と、ひとり頷いたのは言うまでもありません。
「いつか尸魂界で会えたらおもろいなぁ。あっ、虚なんかになったらアカンで? ボク射殺さなアカンもん」
そうるそ、さえてぃ? 左様にハイカラな名の地は何処に……?
「綺麗な花咲かしたるんやで? ほな、さいなら」
耳慣れぬ言葉に考えあぐねている間に、えいっというように突き出された少年の両手から光る何かが放たれれば、脇に盛り上がっていた土が穴へと落ち込んで。
映写機の早回しが如き早業で、ぽんぽん! ぽんぽん! と土を平らにしたや否や手の土を払って合掌。次いで瞬く間にまたしゅん!と消えたのでありました。
その信じ難い光景の一部始終を見た私は、のちに偶然にもその少年同様黒い袴姿の方をお見掛けし、まるで番地を尋ねるが如く聞いたものです。
「もし、すみません。『そうるさーてぃ』なる場所は何処にあるのでしょうか?」
――百年に少し足らない程度、昔の話にございます。
「……あのぅ、市丸隊長」
「ん、何?」
その暖かな胸をお借りして漸く泣き止んだ私は、いち女子としてどうしても気に掛かっていたことを、蚊の鳴くような声で尋ねてしまいました。
「その……臭いませんでしたでしょうか、私(の体)……」
「ハハッ、さぁて、どやったかなぁ〜?」
からかうように愉しげな市丸隊長の次の言葉を、私は審判が下されるが如くぎゅうっと瞑目して待つに他なく。
「ほな正解を発表しますー! だるだるだるだる〜(『どらむろーる』なるものの音、なのだそうです)、じゃん! まだ、大丈夫やったでー!」
「ほ、本当にございますか!?」
「ふ、可愛いなぁ〜沙希ちゃんは。ほんまやって」
即座にほうっと安堵の息を漏らさずにはおれなかった私をくつくつと笑い、けれど頬を撫でて下さるそのお顔を見上げれば、何か翳りを含んだかに見える笑み。
「もっとはよう思い出しとったら、ボクん中の屍体かて桜ん苗床に出来たかも分かれへんなぁ……」
「市丸隊長……」
「ごめんな。キミが花咲かすとこ、多分来年からは見られへんねん」
――ああ、遂に来た。
「……来年も再来年も、その先もずっと、私は市丸隊長の共犯者にございます」
「ふ、そやったなぁ……」
「それでも
――」
“それでも市丸隊長は綺麗でございます”
左様に申した私を、あの日と同じにきつく抱き締めて下さった貴方は、どのようなお顔をしてらしたのでしょうか。在りし日の臭いを気にするが如く、それを笑って問うことの叶う日を夢見ながら、私はただ、此の地で咲き続けることでありましょう。
その折にはどうかまた、『だるだる音』付きで正解を発表して下さいませ、ギン様。
−END−
2010.4.8
出典:『桜の樹の下には』
著者:梶井基次郎 氏
出版社:筑摩書房
※著作権は消滅しており、
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