← (3/4) →――褥の睦言と言うに、あまりに衝撃的なお話でありました。
しかして市丸隊長は、動機や目的といったことは口にされないまでも、その言葉に違わず屍体の全てを私に見せて下さったのです。
「死神に手ぇかけたことかて一度やないんよ」
“時期が来たら多分、瀞霊廷からも離反する”
「……何ゆえ、左様な秘め事を私などにお教え下さるのでありますか?」
「ほんま何でやろね? せやけど藍染隊長、東仙隊長、ボク、男ばっかでムサ苦しいやん。ひとりくらいキミみたいな可愛い共犯者がおってもええやんなぁ?」
相も変わらずにこにこと笑む市丸隊長に、ご冗談を、と申せば、冗談で言える話や思うとるん? と返されてしまい……。
「然れどこの私には是と言ってお役に立てることもございません……」
「ええんよ、知っとってくれたらそれで」
驚きこそすれど、止める気はおろか奇妙な得心すら覚えている私は気でも触れてしまったのでありましょうか。
けれど私の脳裏に強く過ぎったのです、かの小説の一文が。
『俺には惨劇が必要なんだ』
――何か、あるのだと。
左様に度外れた悪行尽くさずしては心の平衡が保たれぬような何かが、市丸隊長には。
「……幻滅、してしもた?」
「いえ、それでも
――」
「どないしたん、ひょっとしてまだ眠いん?」
「申し訳ありません、少々思い出に浸ってしまっておりました」
情を通じたはそのたった一度きりながら、市丸隊長は時折こうして私と桜の元へいらっしゃるようになりました。
「まぁた人間やった頃の思い出かいな、ええ加減ボクにも教えて欲しいなぁー」
浸っていたのは貴方との逢瀬の思い出で、その予想すら正しくは違うのですけれど、と思いつつ、そのお顔にへの字口を作るといった子供のような所作に思わず小さく笑ってしまって。
かの企てについても、以来一度も口にはされず、真にその時期とやらは訪れるのだろうかと疑問に思いすらしたものです。
「ほんまに、よう似合うとるよ」
そのお言葉に私の帯元で揺れる硝子玉についと目を遣れば、再びざあっと風が吹き抜けて。はらはらと降り注ぐ薄紅につられ、髪を押さえながら上を仰いだ時のことでした。
「今年も綺麗に咲いたもんやねぇ、キミ」
……っ!
「気付いて……らしたのですか……」
見張った目に映る、幾分か離れた場所よりこちらを眩しそうに見つめてらっしゃる市丸隊長に問うた私の声は、自分でも驚くほど震えたものでありました。
「正確に言うたら『思い出した』なんやけど……ごめんな、最近なんよ」
呆然とするままに首を振り「いえ……」とだけ紡ぐ有様の私に、市丸隊長はかように仰いました。
「沙希ちゃん、首に小っさい痕があるやろ? どっかで見たなぁ〜てずっと引っ掛かっててんよ。せやけどキミ、最期は十四、五くらいやったさかい、こないな別嬪さんなって死神やっとるなんか思いもせんくてなぁ……」
尚も呆けつつ首に手をあてがえば、例の如く鮮明にかの光景が浮かんで参りました。生前、まだ私が六つ七つほどの小娘だった折患った流行病の小さな病痕
――かようなものにまで、気付いて下さっていた。
「わっ、堪忍て! そないに泣かんといてやぁ」
すっと瞬歩で私の傍へいらした市丸隊長は、止め処なく溢るる涙を拭わんとする私を優しく抱き留め子供をあやすが如く背をとんとん、として下さったのですけれど。
私ときたら、ただただみっともなく泣きじゃくりながら「違うのです」と申し上げるが精一杯な始末。
――然れど、これが泣かずにいられましょうか。
生前、列車の転落事故でいっぺんに両親を亡くして程なく、私はこの崖丘を下った辺りに在った小さな旅館にて仲居奉公をしておりました。
今は『こんくりーと』の道路へと姿を変えた切り立ったこの崖下には、当時はまだ名も無き川が流れていた次第で。
私ときたらこの桜を見に来た折に誤って足を滑らせ転落。更には身寄りを亡くした淋しさ故の身投げと思われてしまいました。
間の抜けた真相ごと、胸より繋がる先を失った鎖を垂らす姿となった私は、女将や仲居友達が悲嘆に暮れるその様をひたすらに申し訳ない思いで見守ったものです。
けれど場所が為か私の体は一向に上がることなく、数日を掛けて容易には人が降りられぬ川下へと流されてしまいました。両親と同じ墓になどと高望みはしないまでも、せめて土の下に入りたい。けれど左様な姿の私にはどうすることも叶わず。
このまま魚の恰好の餌、或いは腐乱して行き……。
などという凄惨な過程を、ただただかように眺める他に術はないのか。
しかしそれもまた命というものの循環に違わずという、諦めと落胆とがない交ぜの心地でおりました。
――そこへ。
「ん? 仏はんや」
間近で見届ける勇気は有らず、かといって見限ることも出来ずにいた私が、少し離れた木陰より自分の体の行く末を見ていた折、不意に空より黒い袴姿の銀髪少年が降りて来たのです。
「何やまだ若い女の子やん、可哀そになぁ」
「どうした、市丸」
「すんまへんなぁ、ちょっと先行ってて貰えますー?」
頭上高くから聞こえた声、今にして思えばあれは、東仙隊長の声でありました。
「どっから流されてしもたんかねぇキミはー」
暫くきょろきょろと辺りを見回したと思いきや、いよいよ際どい私の体をヨイショと背負った途端にしゅん! と姿を消すという、私を仰天せしめるに充分な芸当をして見せたのです。
……私の躯や何処へ。