← (2/3) →『試しに女の子の影でもチラつかせてみたら?』
黙々とパソコンに向かい始めた沙希ちゃんの所為でまた広くなったソファ。
ゲーム再開って気もしなくて携帯なぞってみたら、年上マスターによる有難いと見せかけてそうでもねーご教示が届いてて、身動き取れないとこ上から鉛追加された気分になった。そういや沙希ちゃんに連絡するかうだうだ迷ってて召還したんだっけ。
『だから、そーいうのは水色専用テクだっつーの!』
かれこれ3時間後の返しにも拘らず、液晶が暗くなるより早く変なゆるキャラがやれやれってしてるスタンプだけ飛ばしてきやがった。なに、暇なのあいつ。
てか対沙希ちゃんじゃ諸刃の剣すぎるって。試されたりとかすげぇ嫌いそうだもん。
『わかってますうー俺がヘタレなだけですうー』
「……」
ここにきて自分で生み出した『ヘタレ』の文字に更に追い討ち気分。ため息と一緒に消去して横に放る。悪い水色、また後で返すわ。
多分だけど、実は今の状態ってさほど悪くはねんだと思う。変に気ぃ持たすような人とも思えねーし、初めてここ来た時も、予想以上の仕事部屋で驚いた俺に「だって人が来る想定なんかしてない」って言い切ってたし。友達とも何かのついでに外で会うのが殆どで、家に呼んだりはないらしい。
……てかそれ言うなら、マジでこっちが想定外。
ぶっちゃけ、沙希ちゃんに会うことは俺にとっていい目標になってた。別にそれでどうもなんなくても何の無駄も後悔もない、むしろ頑張るきっかけをありがとなって感じで会うの楽しみにしてたぐらい。
いわゆる中の下だけど、夏・冬講習と姉ちゃんのスパルタでどうにか受験はクリア。残りの高校生活満喫しつつ、誕生日頃に仮免の算段で車校通って晴れて入学。
新歓巡りで友達も増えたけど、今いちピンと来ず免許取って学校とバイトに専念。これまでのメンツともしっかり遊びつつ、いい感じに金も貯まって初マイカーゲット。それで皆なでキャンプ行ったり海行ったり。
本格的な将来ってなるとまだわかんねーし、誰より遅くハタチになった俺にそれっぽい実感は正直まだない。それでもやることやった上で遊ぶ毎日は充実してるし、そのへんちょっとはマシになったんじゃねって自負もある。
でも、それとは別で確信してる。
制服を脱いだ俺に高校生だからNGって理由はもうねえってこと。学生だからって思い込む図々しさも品切れ。ここで無理って言われるイコール最後通告、イコール俺じゃNG。でもって真剣にそれ回避したがってる自分に一番びっくりっていう。
「……あのさ、啓吾くん」
「え!?」
「え、何ゆえそんな驚く」
「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてて」
不思議そうに振り返った沙希ちゃんに慌てて取り繕う。危ねーこっそり後姿眺めてたのバレたかと思ったぜ。
つーか何ゆえって。前から思ってたけどそれ系の渋さをちょびっと挟んでくる癖もあれ、時代劇フリークなおじさんの影響?
「そんで、どしたの?」
「あーうん、来週の土曜って空いてる?」
「ん〜と、まぁ、特に予定ないはずだしヒマだと思うけど?」
「……ちょっとさ、付き合ってほしいとこあるんだ」
切り出す直前、ふとした間に見せた沙希ちゃんの表情には見覚えがあった。
何でだよ。再会してからしてなかったじゃん、そういう顔。俺の前で出してないだけで、実はまだ色々そんな上手くいってねーとか?
悶々としてた思考が吹っ飛んだ代わりに、別の意味で胸がざわつく。どこにって聞けばちょいちょいって手招きされて、複雑な気分のままのそのそ立ち上がる。
「最初に言っておくけど、嫌なら嫌ってちゃんと言ってね」
横に立った俺を見上げて前置きする沙希ちゃん。どういう意味だろって怪訝に思いつつ頷くと、少しだけマウスをいじって「これ」ってモニタへ誘導された。
屈んで見えたのは臨海地区にある観光スポットの公式サイトみたいで、この夏の催事なんかが並んでる。沙希ちゃんが指さしてるのは花火と3DCGのコラボショー的なやつだけど、普通に面白そうだし特に俺が嫌がる理由は見当たらない。
と、そこで俺の疑問符を読み取ったみたいに沙希ちゃんが口を開いた。
「前に話した先輩、覚えてる?」
「え、それって……」
「そのイベント、私が元いた会社も関わってるらしくて。良かったら観に来てって、この間メッセージが来たんだ」
「てことは、じゃあまだ」
「そこにいるみたいだね」
「いつぶり?」って聞いたら「あの時ぶり」って端的な答え。伏し目で首をさすってる沙希ちゃんの心境は俺にはわからない。ここ数ヶ月ちょくちょく会ってきたけど、一度もその話題にはなんなかったし。
そもそもあの一件が、沙希ちゃんにとってどんだけの事だったのかも理解できてるか微妙。ぶっちゃけあの時は、俺も結構いっぱいいっぱいだったっつーか。
悩んでたり、弱ってたり、傷ついてたり。俺の知らない沙希ちゃんに痛烈に『オンナのヒト』を意識させられてひたすら動揺の連続。
だけど「情けない」「かっこ悪い」「みっともない」って自虐を口にする沙希ちゃん見てると、何か無性に切なくて。とはいえ当時の俺に何が出来るって話だし。
だから生意気なのも相手にされねーのも承知で、沙希ちゃんは大丈夫だって、俺は好きだよって伝えたかったってそれが16の俺の精一杯。
――なら、ハタチの俺の精一杯って?
「あの、さ。沙希ちゃんにとってあの時のことって……」
「んー、黒歴史?」
「え」
「って言いたいとこだけど、そのちょい手前の反省すべき恥ずかしい過去、かな」
どっか懐かしそうな目で苦笑する沙希ちゃんは、俺から見ても少しやわらかくなったっつーか、いい意味で力みが取れた感じする。
「後悔してる?」って聞いたら「部分的にね」なんて気恥ずかしそうに肩を竦めたけど、それがどこまでを含むのか気になる俺は思わず口を噤んじまう。
「もっと言い方、振る舞い方だってあったでしょってね。自分の許容量もわからないくせにプライドばっか高いし、謙虚さが致命的に欠けてた」
「……ちょっと卑下しすぎじゃね?」
「いや本当だって。実るほど頭を垂れる稲穂かなって言うじゃない? 仕事絡みで『沙希ちゃん』って呼ばせてたのは私自身だったんだなって今は思う」
沙希ちゃん自身の反省はわかるようなわかんねえようなだけど、今ならわかることってやつなら俺にも結構ある気がした。
変なもん見えたり、死線レベルの超絶恐怖体験だってしたけど、あれはちょっと無謀だったとか、アフさんの判断はあれで実はすげえ的確だったとか、「関わるな」って言い方しか出来なかったあいつの気持ちとか。
……結局、誰だっていきなり大人になるわけじゃねんだよな。
「ただ、」
「ん?」
「先輩の件は……情けない話、思ってた以上にしこりみたいでさ」
「うん……」
「大きな仕事だし観てみたい、観ておくべきだって思ってるんだけど、余計な粗探ししたり、会社に残ってたら私にもチャンスあったのかなって思ったりしないか、ちょっと不安で……そんな自分だったら嫌だなって」
曇った顔でぽつぽつ言って自分の腕をさする沙希ちゃん。そういう姿を隠そうともしないあたり本当に不安そうで、何かあの晩に公園で見た姿と被る。
……つーか何かすげえ抱きしめたいんだけどそれってあり? いや落ち着け浅野啓吾、重要なのはそこじゃねえって。
「そういうの、ちゃんと評価できる人とかじゃなくていいわけ?」
「え?」
「や、だって俺、仮に沙希ちゃん凹んでも気の効いたこととか言えねーと思うし」
上手い言葉は見つかんなかったから、せめてなるべく卑屈な感じになんねえように声のトーンに気をつけた。本心だったから。
俺とって思ってくれたことは嬉しいけど、そこばっかりはさ、無理して上がる土俵じゃねーと思うんだよな。その場凌ぎの気休めとかじゃなくて、もっと最適な対応を選べる人が沙希ちゃんの周りには沢山いると思うし。
だけど何でか沙希ちゃんは、何事かってぐらいポカンとした顔で椅子の横に立つ俺を見上げてる。ひょっとしてこれ、何かマズイこと言っちゃった感じ? もしや生意気すぎた? むしろ誰が凹むかって? ゴメンなさい!
「あっ、えっと……そっか、ごめん啓吾くん!」
「……っ!」
様子を覗う俺の気配で我に返ったのか、どことなく放心を残した顔で額に手をやる沙希ちゃん。それからまた俺を見上げた時の訴えかけるみたいな表情や言葉、空気、衝動的に掴まれたっぽい左腕のひんやりした感触と。
わけわかんねー緊張とどきどきで軽くパニック状態に陥った俺は、妙な気分に襲われて無意識にごくって唾飲んでた。