← (1/3) →昨今、女性の雄化が進んでいるなどと話題になるが、これはタイヘン由々しきことだとは思わないかね小島隊員
――!
「ほー、これは仲間を助ける呪文だね?」
……とかって水色に泣きつきたいとこだけど、沙希ちゃんに限ってはハッキリ言って『お父さん化』。
回覧板届けた芹沢家、液晶の中で幼児化中の高校生探偵を指さしたおじさんに「この子はいつ大きくなるんだ?」って聞かれた俺がどんだけ困ったかっつー話! 何をどっから説明したらいいのっていうね!
「あれ、違うの?」
うん違うね。てか助けるとかの前に呪文ですらないんだけど、パズルゲーぐらいしかやったことない沙希ちゃんにロープレなんか語れる気しねえし。
そもそも時間潰しにレベル上げてただけだし。横から覗き込まれると近いし。いい匂いするからやめて。
「まぁ、そだね……てか、もしもし沙希ちゃん? ひょっとしてもう2本目!?」
もうその括りでいいでーすとか思いながらさりげなくソファの端に寄った矢先、横からしたプシッて音。チェーン煙草ならぬチェーン呑みもいいとこ。
いや、ここあなたんちだしどうこう言えるあれもねーけどさ。にしたってガンガン行こうぜ全開すぎじゃね?
「ん。わかった、3本目は30分経ってからにする」
「何なの30分て。今のやつ30分かけて飲んだら一緒だろ」
「そっか。じゃー空けてから30分にします」
そっかって言ったよこの人……。
微妙に呆れつつも、「でも量は大目に見てね」なんて笑顔で言われちまうとそれ以上何も言えなくなる。つーか量の心配なんてしてません。めちゃくちゃ分解率いい体質なのはもう知ってるって。
――それに。
“美味しいお酒しか飲まないことにしたのです。あ、プライベートではね”
三年経っても変わらずビールを愛飲してた沙希ちゃんは、それがうまくない日の味も知ってる沙希ちゃんになってた。
何か余計惨めになるとか言ってたけど、それ自体うまいと思えない俺には別次元つーか。ただ、そう言うからには適量ってやつも把握できてんだろなって思う。
「あれ、飲まねーの?」
「……乾杯したいなって」
「いやスポドリだぜ? 俺の」
「仕方ないからそれでいい」
何となく視線を感じて横を見れば、打って変わって恨めしげな表情の沙希ちゃんが開けた缶持ったまま俺を見てた。仕方ないのは車だから。わかってても頭が勝手に違う方へ変換しちまう。
はいはい、なんて苦笑ながらに自分のを突き出すとボン、て曇った音でぶつかるペットボトルと缶。この微妙な気分をもっといっぱい味わったら俺も、苦味がうまいなんて思える日がくんのかな。
「夏休み、作れそ?」
「作りたいんだけどねーモコにも会いたいし。でも、まだわかんないや」
「……そっか」
――こんな時、何で今また沙希ちゃんなんだろってすげー思う。
そりゃー綺麗なお姉さんは大好きですし? 中坊の水色メモリに保存されるぐらい沙希ちゃんだって美人さんだけど。つか再会して更に焦ったけど。
でも俺は別に、年上専ってわけでもねーし。夏休みを『作る』必要もなく、花火したり、観たり、海とか旅行とかさ。酒だって、味より馬鹿騒ぎの気兼ねない同年代の子の方が多分ずっと楽。まぁ、そんな彼女が出来るかっつったら別の話だけど?
実際ワンクールちょいで終わっちまったけど、ぶっちゃけ彼女がいた時は沙希ちゃんのこと思い出す暇ねえぐらい毎日浮かれてた。つっても、そもそもあの頃の記憶は何でかふわっとしてんだけど。
助っ人時代の一護ファンの友達でさ、1コ下でさ、可愛くてさ。告られた時はまさに青天の霹靂。「神は俺を見捨てなかったー!」って、とにかく有頂天。
夢中だったし、何か違った的な衝撃理由でふられた時は激凹みしたもんだけど……でも、今思えば俺も彼女も『彼氏が先輩』とか『彼女』って状態にハマってたのかもなぁ。
だけど今は何か……そういうのとはちょっと違って。勝手にビビって、勝手にツラくなって、勝手に何も言えなくなっちまってるっつーか。
なのにちょっとの時間でも会いたくなって、何かしら口実作っては連絡して。飯食いに行ったり、軽くドライブしたりのお試しタイム状態のまま早3ヶ月。ほんと、何やってんだろな俺。
つーか道行くカップルとかってどうやってお結ばれになってんの? どこでどちらからどのように? 何かもう全然わかんねーし!
「そういえばイチゴくん、だっけ。どうしてる?」
「はい!? ナゼ!?」
「何か最近、話聞かないな〜って思ってさ」
形ばかりの乾杯で気を良くしたのか、わざわざ俺に向き直ってソファで膝抱えた沙希ちゃんは俄然興味津々。てか何でここで一護ネタ? あのイケメンは今的な好奇心? だとしたら色んな意味で勝てる気しねーし穴掘って埋まるしかねんだけど俺。
「いやほら、大学生ってわりとまだテスト期間中だし、ここしばらく会ってねーけど……まぁ、普通に元気なんじゃね?」
「あ、そっか。啓吾くんは早めに終わったんだっけか」
「微妙に課題残ってっけどね……てかよく覚えてたね、一護のこと」
「そりゃ覚えてるでしょ。『と、友達の名前と一緒なんだぜ?』の世界史15点」
「ちょっと、それは忘れよう!? つーか再現しなくていいから!」
俺がうろたえれば更に面白がる沙希ちゃんリピートしまくり。ほんとやめて。
あんまりしつこくて「もービール取り上げるよ!?」って手ぇ伸ばせば、慌てて缶を守る体勢になって「うそうそ冗談だってばー!」だって。この人イジワルすぎじゃね?
「まー便りがないのは良い便りって言うしねー」
小さな攻防の後、何か暑いねって扇風機のリモコンをピッとやった沙希ちゃんは、肘掛けに寄っかかって人口風に当たり始めた。舞い上がる髪もお構いなしに目つむってて気持ち良さそう。完全リラックス状態の彼女を横目に俺は……どっか割り切れない。
「……そういうもん?」
「えっ」
「便りがないのは、良い便り?」
驚いた声でこっちを向いた顔に復唱で聞き返すと、何か思案げな表情になった沙希ちゃんが明後日の方へ目線をやる。多分ここでそういうもんだって頭ごなしに言われたら「そっか」で納得する他ない。でもそうじゃねーから……だから俺は沙希ちゃん、なんだろな。
「ん〜……時と場合と、あとはその人次第かも?」
「いや、結局どっちなのか全然わからねーんですけど」
「仲良いからこそ余計な心配かけたくないって場合も、結構あるなって」
「……どっからが余計なわけ? そういうの周りは堪んねえっつーの!」
「おっと、妙に突っかかるね」
「あ、いや……ゴメン」
知らぬ間に背負い込んで、知らぬ間に決めちまってて。俺や水色、有沢なんかはいっつも蚊帳の外。でもって実はあんな怖えーヤツと闘ってたとか知らされて。
それでも、あくまで俺らは「お前は高校生ですよーサイヤ人じゃないですよー」っていう体で接し続けたけど、本人浮かねえ顔でやさぐれモード。
やっとらしくなったかと思えば、また急に連絡取れなくなったり。挙句に隊長さんにはヘンな切符とか渡されるし。
ただ最近はわりと、一緒に闘う仲間になれなくても友達でいいんだよなって、ちょっとずつだけど思えてきてる。でっけー不安や心配がなくなったってのもあるし、あとはまぁ、ルキアちゃんたちのおかげかな。あいつ何かちょっと変わったし。
「でも結局お互いさまっていうかさ。何かあってもなくても、連絡してもしなくてもいい感じじゃない? 仲良い友達って」
「……まぁ、そうかもね」
「ほんと、いつの間にか程よく放っておける関係になってたなぁ。不思議」
こんな風にちゃんと俺の話きいて、一旦自分の中に取り込んだ上で一緒に考えてくれんだよな。バッサリも多いけど、全部が沙希ちゃんの言葉っつーか。
考えてみりゃ俺がランドセルぐらいの頃からずっとそう。それが普通だったし、年齢コンプも背伸びも今さらアホらしいけど、それ出来る人って実はそんな多くねーのかもって最近は思う。
「やば、一個やるの忘れてた! ごめんすぐ片す!」
「……帰ろっか? 俺」
「え、でもせっかく借りてきたのに。時間きつい?」
「いや平気だけどよぉ、途中でまた寝ないでくれよ?」
「今日は寝ないって多分。見たかったやつだし」
事務処理を終えて終わりの沙希ちゃんの一日。その間もちろん俺は待ちぼうけ。いや、いんだよ別に。元々約束してたわけでもねーし。
バイト明け雨降ってて、どうしてっかなって連絡して。客先から帰るとこで傘ないって言うから、迎えに行こうかって。お礼に奢って貰った飯屋で映画の話になって、レンタル始まってるよ、なら一緒に見よっかってそんな感じだし。
たださ、何これご近所付き合いの延長? みたいな。でも今さら焦って爆死はもっと無理。犬系男子だっけ? 何かもうそれでもいいやって気してくる……沙希ちゃん犬好きだし。