← (6/7) →「お前ら学校サボっていつも何やってたんだ?」
食べながら、不意に拳西に振られたほんの数年前、だけど今となっては自分でも笑っちゃうような私たちの高校生活。
平子先輩はというと、いい加減ヒマすぎるのか厨房から持って来た脚立をテーブル脇につけ着席。今は私の携帯ケースのホログラムを照明にかざして楽しんでいる。
「や、これと言って特に何もしてなかったんだけど、マック行ったり……」
「おー俺らも行ってたで! 南口マクド」
「ふふっ、私と白は専ら北口でした」
「マック行って、ひたすら喋るだけか?」
そうだねぇと笑うと、女ってそういうとこ凄えよなと呆れ半分で感心されたけど、正直自分でもそう思う。学校の話、嫌いな先生の話、他校の友達の話、オシャレやメイクの話、バイトの話、恋愛の話、コンビニの新しいお菓子の話……。
年がら年中、まーよく飽きもせず喋ってきたもんだと思うのに、今でも私たちの話題は尽きることがない。
「ふふ、でもそういう時間が何でか馬鹿みたいに楽しかったんだよね」
「分かる分かる、分かるでー! 何でもええねんよな〜仲ええヤツらとおれたら、それだけでなぁ」
「……ま、ぶっちゃけ俺らも合宿所抜け出して夜遊びしたりしてたけどな」
「えーっ!?」
「えーっ!?」
アメフト部の顧問いうたら、なぁ? ですよねぇ? 平子先輩と顔を見合わせると、アイツ夜んなると必ずスナック行きやがんだよ、と拳西が悪そうな笑みで言う。
「ちゅーか拳西、オマエ実はものっそい悪いやないかい!」
「おい待て! 真子にだけは言われたかねぇぞ!?」
「アホ! オマエはスポーツマンシップいうんを何や思てんねん! 俺らはええねんで? 元からやねんから」
「……先輩。さらっと括りましたけど、うちら年齢詐称しなきゃなんないようなバイトはしてなかったですよ」
「い゛っ……ちょお沙希ちゃん、ジブンどっからそない要らんハナシ聞いてんか!?」
「なんだぁ? 初耳だぞ、それ」
何だか、ホッとするなぁ。
思えば今だってギャーギャーわいわい言いながら昔の話をしてるだけ。それも、当時は殆ど接触がなかった3人で。
不思議な懐かしさが漂う空気に安堵を覚える一方で、私はここの上階の店を見上げていたさっきの自分を思い出していた。この2年ずっと、私はああやって上を見上げてばかりいたのかもしれない。
――自分と同じ目線の先に、平子先輩のいる店があることにも気付かないくらいに。
「やべえ! 俺、買っとかなきゃなんねぇ本あんだった!」
思い出したように拳西が言い出したところで、私も休憩用のお菓子を買い忘れたことに気付く。じゃーぼちぼち出るかということになり、またいつでも遊び来てやーと言ってくれた先輩に見送られて私たちは店を後にした。
「んじゃ、後でな」
「うん、後でね」
拳西が向かう駅前の本屋と私が戻るコンビニは真逆。それぞれ一歩を踏み出そうとしたその時、ふと自分の視界の先にある存在に目が留まり私はフリーズした。
週末のサラリーマンやOLさんたちで賑わっている雑踏の中、頭ひとつぶん高い背丈の、スーツの男性。
――眼鏡の横顔は、腕を絡めている隣の女性に向いている。
「な、んだぁ……」
そっか、そういうことか。
「沙希、どうした」
「……ううん、何でもない」
背中に掛けられた拳西の言葉に声だけで答えて、私はコンビニのある方へと足を速めた。それを追うように「おい沙希!」という拳西の声が聞こえた、ような気がした。
“僕には君が分からないよ”
――私にはあなたが分かんないよ、惣ちゃん。
あんまりよく働かない頭のまま、気付いたら私はコンビニで普通にお菓子を買って、普通に店に来ていた。
すると、悪いけど団体が一気に5組来ちゃったから今入ってる子と一緒にカウンターに入って欲しい、と社員さん。制服に着替え30分ほど早くタイムカードを押した私は、受付に追われる女の子の後ろで終了コールの対応に当たることに。
けれど嵐のようなそれは比較的すぐに終わり、事務所に用があるという彼女に、そのまま上がっちゃっていいよと声を掛けた。
「沙希、お前何やってんだよ!」
しばらくして自動ドアから入って来た拳西は、私を見つけるなり鬼の形相でカウンターに来て、怒鳴った。
「何って……眼鏡の数を数えてるの」
でも私は目の前の彼を見ないまま、受付表の隅に正の字の3画目までを書きながら答える。今しがた受け付けた2組の分だ。今日は何人見れるかな。
チィッ! と大きい舌打ちが聞こえたかと思うと、拳西はドカドカと事務所の方に向かって行った。何をそんなに怒ってるんだろうとぼんやり思いつつ、時間が来たので再び終了コールをかける。
「お時間終了10分前になりますが、延長はどう
――!?」
「悪ぃ、すぐ終わる」
「ううん、まだ時間内だし」
器械に向かって話す私の視界に現れたのは、さっきまでカウンターにいた女の子と拳西。終わりでいいでーす、の声の後にブツと切れる音。10分後には5名のグループがお会計に来る。
「ちょっと来い、沙希!」
「え、ちょっと何言って……」
言い終わらない内にガシッと腕を掴まれ、千切れるんじゃないかっていう勢いでぐんぐん引っ張られて行く。
「ちょ、痛いって拳西! 何なわけ!?」
「……」
答えの代わりにギロリと斜めに睨まれ、そうこうしてる間に非常階段の前まで来た彼がそのドアをバーン! と開く。次いで「何? 何なの?」と喚く私を外へ押し出して自分も外へ出るとガン! と蹴って扉を閉めた。
「お前、なに普通に来てんだよ!」
は……?
「前に一緒に芝居見に来てたじゃねぇか! アイツお前の男なんだろ!?」
だったら何なの? 意味分かんない、何で私コイツに怒鳴られてんの?
「何お前が逃げてんだよ! 何で行って、問い詰めねぇんだよ!」
「……ただの付き合いかもしんないし」
「馬鹿野郎! 本気で言ってんのか!」
あああもおおおお!!
「何なの!? 何で怒鳴んの!? あんたにそんなこと言われなくたって分かってる! 変だなとも思ってた! 思ってたよ! だけど仕事忙しいって言ってたから! だからっ……!」
“あんまし賢なったらアカンよ?”
ねぇ、そういうことなの? 私、彼を理解しようとしちゃいけなかったの? 分かんない、分かんないよ市丸さん……。
歪んだ視界、下瞼が痙攣してる。もうやだ頭ん中ぐしゃぐしゃだ。
「なんて顔してんだバカ」
こんな無礼な男の前で誰が泣くかと欠片ほど残っていたプライドも、包まれたその腕の強さに壊された。それは失恋して男に慰められるなんてまっぴらだと思う隙間すら与えてくれないほど、きつく、力強いもので。
「……怒鳴って悪かった」
反対に掛けられた声だけがやけに優しくて、私は本当にみっともなく、わあわあ泣いてしまった。