← (2/7) →「あー! 何やアタマ沸騰しそうやわ。あの人がおる会社は絶対アカンな」
「何か、よくわかんなかったね……」
親のコネがあるとはいえ「1年後はどうなってるか分からんご時世やろ」とそういうとこは堅実なリサと一緒に参加した就職ガイダンス。
業界研究と題した今回のそれ。渡された要綱を参照しつつ企業から招かれてきた講師の話を聞いた、ものの
――聞き慣れない横文字の連発に加え、およそ質問出来る雰囲気じゃない恐ろしく事務的な進め方。私たちは奇妙な圧迫感と疲労を抱えて講堂を後にした。
7時半を回り真っ暗になったキャンパス。重苦しい気分も手伝ってか校門までが果てしなく遠く感じる。
「そうだ、今日バイトから帰ったら仕上げるから明日には持ってこれるよ! 冬仕様セーラー」
この徒労に満ちた空気を一新しようと、私はリサに頼まれて製作していたイベント用コスプレ服の話題を振った。
「助かるわー! せやけど沙希、アンタ愛しの惣ちゃんにはちゃんと会えとるん? 何や最近のアンタ、学校以外は趣味とバイトばっかしやないの」
「あー……なんか忙しいみたい。つーか私もバイト週6だしね」
――痛いとこつかれたな。
「なんだ、ここお前のバイト先だったのか」
「っ!?」
あのままリサと夕飯を食べた私は、彼女と別れたその足で少し早めにバイト先のカラオケ店に行き、更衣室でひとりのんびりするつもりでいた。
なのに何故かそこには、数時間前に私の前でカツカレーをかっ込んでた男がいるじゃんか。
「はは、メールする手間省けた、ね……」
……って、そんな偶然いらないです。
ただでさえあまり関わりたくないのに、さすがに1日に2度ともなると心臓に悪……てか、え、いやちょっと待って。
引き攣りかける表情筋。頭に浮かんだのは「明日ひとり面接来るぞ!」って喜んでた昨夜の店長。もしかして、いやもしかしなくても、この先ここでも顔を合わすはめになるってこと!?
「む、六車くん、は、週いくつ入るの?」
「あぁ、ここはサブだから週2……って芹沢、お前また随分とあからさまにホッとしやがったなぁ!? おい」
「い、いいえー滅相もございません」
あ……。
くわっ! という勢いで言われ慌てて両手をわーっと振って見せたものの、ウザったそうに首を擦りながらハァと大きな溜め息を吐かれて。
その表情が最近見たそれとかぶってしまい、一気に緊張が解けた代わりに私の内側はどうしようもないやるせなさでいっぱいになった。
「あ、これいつもの癖で白の分も貰っちゃって。でもよく考えたら彼女いらないんだ、だから」
それだけ言って余分に貰った要綱を差し出した私は、ロッカーに鞄を入れ、携帯だけ持っていつもの隅の定位置におさまった。
「……なげぇのか、ここ」
「え? あー2年半……くらいかな」
休憩室にふたり。漂う微妙な空気に耐えかねたのか六車くんの口から無難な質問を貰う。でもそれも今の私には、頭に浮上する淡くやさしい記憶と今との激しい温度差を意識させられるだけだった。
話題を変えようと頭を巡らせた私は、昼間の素朴な疑問を思い出し振ってみることに。
「そういえば、何で推薦蹴っちゃったの?」
六車くんは高校時代、全国大会で上位まで勝ち進んだうちのアメフト部の名オフェンスラインとして雑誌に載ったほどの有名人だった。
にも拘らず、何故か私や白と同じ内部受験で進学。以降はアメフトサークルの助っ人マンを引き受ける程度にしかアメフトに関わっていない。
高校の3年間どころか先週まで話したこともない、大学でレアキャラな私たちの耳にすらそんな話は入ってきていた。
「あ? あー……入りたくなかったんだよ、大学のアメフト部」
……え、それだけ?
顔に出ていたのか続いて六車くんは、お前らが思ってるほどアメフト命みてぇなスポコン野郎じゃねぇよ、と面白くなさそうに言った。
「じゃ、社会人アメフトも?」
「他にあんだよ、やりてぇこと」
――ああやっぱり、当たり前に『選べる人』なんだ。
これが何かひとつでも努力をしてきた人と、何となくでここまで来ちゃった人間との差か、と改めて思わされた。リサのようにこれと言ったコネもなく、かと言って白のように確固たるやりたいこともない私は、今更何をどう足掻いたって『選べない人』。
成績そこそこで合格に漕ぎ付け、留年はしないまでも一部落とした必修科目は2年生と共に再履修。私たちの学部にはゼミがなく、それでいて部活やサークルにも属さず、ボランティアのような社会活動もゼロ。
自分で招いたツケ。やっぱり私にはエントリーシートとやらを書きまくって何十社と面接を受け、どこかに拾って貰えるよう祈る他に道は無いのかもしれない。
“……本当に、一体何をやっているんだ。僕には君が分からないよ”
大学まで行かせてくれた両親に何も思わないほど子供じゃ無いつもりだし、やるべきことだってそれなりには分かってるつもり。だけどそれを踏まえたつもりの私の行動も、ひと回り近く離れた彼氏にとっては溜め息しか出ない理解し難いものらしい。