Life Size
――これは一体、何の罰なんだろ。
心当たりが有り過ぎて、ピンチの時の神頼みすら気が引ける。
「ほんまよう女の子泣かしとるらしいな、アイツ」
3分の2の確率で他人事サイドに立ったリサは、3分の1を引いた私の不安をしれっと煽る。
「同じ移行生じゃーん、大丈夫大丈夫!」
同じく3分の2を引いた白は、自分だって同じ移行生のくせに私の背をぽんぽんしながら根拠ゼロの気休めを口にする。
食い入るように見つめていたチョキを象った右手。そこから顔を上げてターゲットの銀髪をチラリと視界に挟む。かったるそうに首をさすりながら携帯を眺めているマッチョな背中。軟骨のトラガスから下ふたつ、ピアスが光っている。
うぅぅ……。
への字口で縋るように白を見ると、その大きな瞳が心配気にこちらを見つめてくる。
「まつエク、そろそろ付け直し時じゃない? 沙希ちん」
「……ソダネ」
この際、気休めでもいいから背中を押すもうひと声! と思ったけど、普通に相手を間違えた。ガックリと脱力したものの、今年もこの授業の単位を落とすわけにいかないのも事実。
ええい、女は度胸だ!
……だけど、奮い立たせた心とは裏腹に、軽く竦んだ足はちょびちょびしか私を運んでくれない。
――あの、先週のノートってある?
直球過ぎるかな、つーかそれ以前に私の顔を知ってるかが際どいか。
――ねぇ、C組にいた六車くんだよね?
馴れ馴れしいかな、てかそっからどうやって本題に展開させる?
掴みの脳内シミュレーションもままならない内に、とうとうターゲットのつむじが目前に。その場で一度ふぅーと長く息を吐いてからすっと一気に吸い込んだ。
時だった。
「っ!」
気配でも察知したのかくるっと唐突に振り返った六車くんの鋭い目が、なんだテメーって言ってる。気がする。
「……」
「……」
怖い怖い怖い怖い怖い。てかすっ飛んだ。全部すっ飛んじゃったよ、どうすんのこれ?
「なんだ芹沢、何か用か」
「ええ!? あっ、と……のっ、ノート、せせ先しゅっ……」
「あぁ?」
ああ、やっぱ心の底から苦手だな。
顔を知られてた動揺もプラスされて人間スクラッチを披露したタジタジな私。六車くんの眉間の皺が深くなる。
と、そこで講義室の上の入り口から教授が入ってくるのが見えた。もう時間がない。
「せ、先週のノート貸してくんない!?」
「……」
……もう埋まりたい。
1週間後の3限後、礼なら飯で受け取ってやるという六車くんのひと言により、私はカフェテリアで彼と遅い昼食を食すことになってしまった。
後期に入っても汗ばむ陽気が続いてるとはいえ、ただでさえ目立つ銀髪のイケメンが10月の今にタンクトップ姿。私の意識はつき刺さるような周囲の視線に半分と、目前でガツガツとカレーを口に運んでいる人に半分。
俯き気味で好物のサラダうどんをモソモソと咀嚼するも、極度の緊張で何を食べてるのかよく分からない。
「お前、」
思わずびくりと肩がすくみ上がる。
「もっと美味そうに食え」
……奢った側にも上からなんだ。
こっそり内心で零しつつも「聞いてんのか」と睨まれ、はい! と答えて背筋を伸ばした。
あの日、テンパった私が馴れ馴れしいにも程がある勢いでお願いしたものの、結局、六車くんは目当ての日のルーズリーフを持っていなかった。
しかし気持ち面倒くさげに返ってきたのは「データで送ってやろうか?」という思い掛けない申し出。そのおかげあって私と白、そしてリサは、単位を左右する今日提出のレポートを何とか仕上げることに成功。
これで2年連続必修を落とす事態は回避出来た、はず。
「万年女子遅刻ワーストワン・ツー、健在みてぇだな」
「う。知ってるんだ、それ……」
この六車くんと同じ、附属上がりの私と白は高校時代から不真面目を地で行くようなサボリ魔だった。自由な校風を良いことにひたすら遊ぶことにばかり夢中だった私たち。普通に朝家を出ても、通学途中の乗換駅で待ち合わせて、意味も無く朝マックしたりカラオケに行ったりという体たらく。
そんなふたりが内部受験をクリアした事実に、それぞれクラスの面々にはかなり驚かれたものだ。けれど成績自体はさほど悪くなかったことを知っていた担任や親は、尚更タチが悪いと苦笑い。
片や、六車くんはといえば……。
「顔を覚えたのは……いつか忘れた。まぁチャラいって有名だったからな、お前ら」
「うぅ……」
気まずさを誤魔化すようフォークを動かす手を速めつつ、彼の肩から肘にかけてこんもり乗っかってる筋肉をちらと盗み見る。その肩を更にいかつくした、数年前に何度か目にした姿を頭に浮かべ、ふと疑問に思う。
――そういえばアメフト推薦、何で蹴っちゃったんだろ。
「沙希ー! 経済学の出席票、大量ゲットしたでー!」
そうしてキャンパスを踏むこととなった私たちは、外部生のリサを加え、3年の後期になって尚、焦って単位獲得に奔走するデキの悪い大学生になっていた。
「わ、良かったー! これで18時開始の就職ガイダンス出られるね!」
とは言え、いつまでもお気楽大学生をやってられるはずもないことぐらいは、こんな私たちだって分かっていて。
だけどリサは親の口利きで信用金庫への就職が約束されたも同然。恐ろしく運動神経が良い白は、アクションタレントの養成所でスタントマンを目指している。
そして私、は。
「んじゃ夜メールすっから俺の分も聞いといてくれ」
そう言ってリサの手から1枚出席票を抜き取ると、ごっそさん、と言って六車くんはトレーを手に席を立った。
「な、何やアンタ、ガイダンス出えへんの?」
「夕方からバイトの面接」
私は――まだ、考えている。
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