← (12/15) →――ボクには分からへん。
自分にだけ優しい人はやさしいんか。みんなに優しい人がやさしいんか。
要求にええよ言うんはやさしさか。相手ん為やて叱責するんはやさしさか。
何でもほんまのこと言うんはやさしさか。必要悪やて嘘つくんもやさしさか。
ただ、こうしたい思うたボクは確かにボクやって。
せやからこれはやさしさでも何でもあらへん、ボクの一方的な感謝。
いきなり金盞花に姿現したったボクに、心底安堵の表情見せよったイヅルには苦笑いが漏れてもた。……まぁ、泣き言の電話ひとつも掛けてきいひんかっただけマシや思うべきかも分からんけども。
今となっちゃ、下手に長いことナンバーワンなんかでおり続けてまうんも考えもんや思う。元々野心なんちゅうモンには欠ける子やけど、根拠もあらへんニ番手ポジションにちょい胡坐かき過ぎちゃうやろか。
うかうか休んでなんかおられへん思うよな、ギラギラさした目ぇに狙われるいう張り合いかてちょっとぐらい与えたって欲しいもんやわ。満たされても続かへんと物足りなあて、続いたら続いたで退屈してまう。
――ボクかて、そないしょうもない難儀な生き物やねんから。
「え、ギンが着いてくれるの!? やだ、何だか雨でも降りそうね」
「ハハ、何言うてはりますのー雨ならずっと降っとりましたやん。ボクかて偶には千景さんと話したい思たらあきまへんの?」
急な戻りで本命客もおらへんボクは、戻りましたぁ! なんか言うてあざとく他のお客はん呼ぶ気にもなられへんくて。開店からちょっとして新規のお連れはんと来店しはった、薫さんの友達でイヅルんエースの千景さんとこに同席さして貰た。
「やぁね、そんなことあるわけないじゃなーい。ただほら、薫と来ない時は着かないもんだと思ってたから」
「そんなんイヅルに遠慮しとっただけに決まってますやろぉ? ああ見えてえらいヤキモチ焼き屋さんさかい、ボクなんか怖あて怖あて席にも近寄られへんのですわぁ」
新規のお客はん紹介して貰う流れを作ったったとこで、ボクイコール薫さんのモンいう牽制が入るんなんかは目に見えとる。せやからこれはちょっとしたプレミア演出、ナンバーツーの株上げたるだけの接客。
薫さんに切られてしもたことで一番問題なんは、売り上げやら何やらの実質的損害やあらへん。『金盞花のナンバーワン』その商品価値が下がるいうことや。
そん座を1年キープしたボクのエースが誰かいうことは、わりかし他のお客はんにも知れとることで。紹介必須の会員制いうシステムの都合上、薫さん繋がりのお客はんも少なくないんが実情。
つまりは言うたらボクは総合看板。大木の幹を失ういう失態を、藍染オーナーが赦してくれはるわけがあらへん。十中八九、どないな手ぇ使うてでも薫さんに喰らいつけいう指示に従う以外にない。
せやけどあん人に貰うモンもあげられるモンも、ボクにはもう何もあらへん。
今のボクに出来るんはただ、沙希ちゃんの退店が決まりよるまで隠し遂すこと、それだけや。
“君の手に負えるか見ものだよ”
どの道ボクが沙希ちゃん引き止めることに成功したったとこで、言葉通り辞めさして貰えるなんか思うとらんかった。ただ、とにかく何でもええから一旦この退屈の無限ループから抜け出したかって。
最初こそ、報酬は弾む言うたかて何でボクがそないな真似しんとアカンのですか? 言うたもんやけどな。実際やってみたら、人間観察しながら付け回しの采配するのんもなかなかおもろかったわ。
ちゅうても、ま、ボクん頼みにあっさり分かったて言わはったとこ見ると、ボクと沙希ちゃん、ふたりとも藍染はんの采配の駒やったんやろけどな。
――せやけど、欺瞞は欺瞞を呼ぶ。
「要するに見解の相違、だそうだよ」
「……さよですか」
日付変わったくらいに直で店ん電話にかけてきはった藍染はんの声は、いつになく重たい圧を孕んでてんけど。
「ギン、君は知っていたのかい? 浦原喜助というパトロンの存在を」
「いや、全く知りまへんでしたわ……」
ボク自身、予想だにしいひん事態に何や頭がおっつかれへんくて、聞かれることに答えるんが精一杯やった。
沙希ちゃんがA卓で言うたことは、鏡花水月のホールでは自分を殺せて言わはる藍染はんを試さして貰うただけの半分は冗談。
当たり前に営業中に限った意味。君はこの僕をそんな他愛のない戯れに付き合わせたと言うのかい? そないに言わはった藍染はんに沙希ちゃんは、『店長との見解相違のライン』も知りたかったなんか返したらしい。
多分それは、あんさんとは時間外かて上辺の会話しかしてきいひんかったやろ? いう沙希ちゃんの嫌味。
ほんで、実は今日店に来た浦原喜助いう人は、兼ねてから自分を支援したい言うてくれはってたお人で。上がるんは夜やのうて一介のホステスとしての自分。形態も未定やし、最初は雇われやけど
――。
“若輩ながらお店を出させて頂こうかと考えています”
どこまでほんまでどっからが嘘かなんか、この際どうでもええ。パトロンいう言葉かてボクの知る沙希ちゃんにはおよそ結びつかれへんけど、それもどうでもええわ。
なぁ、ほんまにそれでええの?
もう会うこともない、電話もせえへん。ただ、彼女のこん先に沢山の初めてと少しのぬくいモンがあるよう願うだけやて、そう思うててんけど。
「……どういうことなん」
「こっちの台詞。憶測だけで勝手なことしないでよ、ギン」
どうしても確かめたなったボクは、沙希ちゃんの帰りよる頃を見計らって電話してみてんけど。
何でなん? とか、それでええの? とか。まさかボクを辞めさす為なんか言わへんよな? そんなんボク御免やで? とか。
聞きたいことは山ほどあったはずやのに、いつも以上に平淡な沙希ちゃんの声聞いたら頭から一切合財がすっ飛んでもた。夜更けんなってしとしと降り出しよった慰みの雨音も、一緒に聞かれへん今は閉じたボクの瞼ん裏っかわじんじんさせよるだけや。
「とにかくそういうことだから。ギンも飛ぶつもりなら早い方がいいよ」
……あん部屋で過ごしとる内に、いつの間にや随分と研ぎ澄まされてしもとったんやなぁ。
まるで他人事いう感じの素っ気ない言葉を紡がれとるのに、沙希ちゃんの声がボクの気道をみるみる狭めていきよる。一度たっぷり息を吸うて、長く長く吐き出した。
「アカンよ、沙希ちゃん……ママんなる子がお金にならへん涙なんか流したらアカン……」
――雨垂れの音に混じって感じる微かな気配。ボクは自分の耳を呪うた。