act2 1
――何故こうなる。
「ほんますんまへんなぁ〜千夏さん」
対面に座ろうとしている市丸くんに、私は返事の代わりに絶対零度の視線を投げた。
「ひや〜怖いわぁ……」
心にも無いことをと思いながらテーブルに肘を付き、こめかみに拳を当てて小さく息を吐く。それでも「ボク少し遅れますわー」というメールの通り、こうして彼がばっくれずに現れたことはせめてもの救いだ。
「来ないかと思った、はい乾杯」
投げやりな口調で言った私は、市丸くんが手にした駆けつけ一杯のジョッキに自分のそれをゴンと合わせ、とうにぬるくなったビールを喉へ流し込む。
「イヤやなぁ。ボク、そないな薄情な男とちゃいますよぉ。それにボクかて人数合わへんくなりますぅ言うて一応は止めたんですよ」
後輩の冬花が、バタバタの年の瀬にも拘らず合コンのセッティングを頼んで来た理由に気付いていた私は、少しスケジュールをタイトにしてまでこの機を作った。それなりに苦労したこともあり、どうせなら私は私で冬花とは違う意味の『憂さ晴らし』として楽しもうと心に決めていた。
――なのに。
「真子から市丸くんに話通しといて」
冬花の頼みを受けそう言ったのは、私。
「え、彼女に内緒で来る男の子? あーいいよ引き受けるよ」
そう言ったのも、確かに私だ。
横長テーブルの斜め対極の隅で、向かいの白と話しているハンチングの男にチラリと視線を遣る。
……で、何でアンタがいんの?
何が楽しくて同棲してる男(が混じったメンツ)と合コンせにゃならんのだ。
「……ったく何考えてんだか、あのアホ」
その所為でまた亜希を道連れにするハメになり、そろそろあの個性的な作家先生のところへ菓子折りのひとつでも持って頭下げに行くべきか、という気すらしてくる。
その上私がお相手する筈のチャラ男は、同じ彼氏持ちでも歳の近い派手(顔)な亜希の方が都合が良さそうと踏んだ模様。そういう扱い、あの子傷つくんだけどなぁ。
当の冬花はと言えば、一見は例の完璧な笑顔で浅野くんという男の子と話してはいるが、その仮面の下で浮かない気分を燻らせていることが手に取るように分かる。
なんという不毛な会。
次に頼む飲み物を、隣の小島くんと斜め向かいのリサに聞き、空のグラスに残った氷をカランカランと揺らしながらぼんやり店員を待った。
「ご注文の方繰り返させて頂きます。生2つに山崎のロック、以上でよろしかったでしょうか? あ、こちらの方はお下げしてもよろしいでしょうか」
「……」
色々よろしくないんですけど、もう面倒臭いので何を言う気にもなれない、という気分に陥る私はおかしかったでしょうか?
「ちょっとアンタ、2種類しか頼んでへんのにイチイチ復唱せんときゃあ。大体そのバイト敬語――」
「まぁまぁ、ええやないの。『たった2種類』かて間違うてもうたらアカンもんな〜?」
眼鏡の縁を光らせてキッと店員を睨み付けるリサを、市丸くんがフォローになってないフォローで諌める。そんな光景を、浅野くんを挟んで隣の冬花が醒めた目で見ていた。
歳はリサと一緒ながら、私と同じで短大卒業後すぐにうちの会社へ就職した冬花は、理不尽な色々に『所詮そんなもの』という諦めに自分を浸す段階に突入している。うちのように未だ重役に年配男性の多い環境に於いては、真面目に仕事に取り組んでいれば誰しもが通る道だ。
担当役員、お局秘書、秘書の在り方 男という生き物、女が受ける扱い、社会そのもの……。
様々な矛盾と自分との折り合いの付け方が分からないまま毎日が過ぎ、ほんの少しずつ自分を曲げることでポッキリ折れそうになる心を自衛する。言わば『社会人反抗期』みたいなものだ。現に、入社当時は亜希やリサのように感情的だった私も、今の冬花のように頽廃的な虚脱感に苛まれていた時期があった。
その頃の私を支えてくれていたのも、斜め端にいるオカッパ金髪男だった。相も変わらずリングの舌ピにパスタを通したりとアホなことをしては白を大笑いさせている。
今日もあの長い指で持った煙草をテーブルでトントン、としてから、フッと息を吹き込んでいる。そして時折、私と揃いのリングをはめた手でネクタイの結び目を触る。
どれもこれも見慣れた筈の癖。その指が私の中で動く感覚の1つ1つすら鮮明に記憶されている。
なのに、どうしてなんだろう。
私の視界の中にいる真子が、まるで知らない人みたい。
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