Nude Face 3
――だけどやっぱり、会いたくて。
“やっぱり、迎えに来て貰ってもいい?”
そんな文面のメールを作成し、えいやっ! と送信を押したところで冬花先輩がトイレに入ってきた。
「なーにー? 浮かない顔しちゃって。彼氏、今日も迎えに来てくれるんじゃないの?」
ふわふわ巻き髪を揺らし、何処か儚げで可憐な笑顔を見せる冬花先輩は、絵に描いたような『男が守りたくなる女』だ。だけど今のこのご時世、心からどっぷり『女の子』でいられる生易しい職場なんて、そうそう無い。
「冬花先輩、やっぱり私って『すぐヤれそうな女』に見えるんですかね……」
「今日の亜希ちゃんは運が悪かったのよー。本当ならあのチャラ男、今頃千夏先輩に上手いことあしらわれてたはずだったんだもん」
そう言って冬花先輩は化粧ポーチから取り出した口紅を引き、唇を擦り合わせ、ンパッと開ける。ぷるん、と波打つ小ぶりな唇は、女の私でも見入ってしまうほど魅惑的だ。
「え? どういうことですか?」
続いてリップグロスを手にした冬花先輩は、眉根を寄せた私をちらりと一瞥。その意味ありげな眼差しを疑問に思うより早く、私の手の内で携帯が震えた。
「……色々あるのよー千夏先輩にも。見なくていいの?」
「あ、すいません」
from:喜助さん
12/18 22:40
sub :もちろん
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何時くらいに何処へ行
けばよろしいんでショ
?いつもの格好で大丈
夫ッスか?
-END-
「はぁ、何でそんなこと気にするかな……」
私の周囲の目に気を遣ってか、喜助さんはいつもこんな風な確認をしてくる。だけど私は、今みたいな真冬でもカランコロンと音を立てて下駄で歩く、あのままの喜助さんが大好きなのだ。
毎回のそれに、いい加減ほんの少しムッとしてしまった私は、『そのままでいいっていつも言ってるでしょ』という素っ気無い文面に、時間と場所を添えて返信した。
トイレから戻ると、例の男も席を外したようでカウンターには誰もいなかった。安堵の息を漏らして椅子に腰掛け、再び携帯を取り出し自分の送信メールを読み直す。あの後すぐ、喜助さんからは『了解デス^^』という特に気にした風のないメールが返って来ていた。
“懐の深いイイ男よ”
自分の感情コントールの足りなさに嫌悪感が増し、千夏先輩の言葉が胸に突き刺さる。
to:喜助さん
12/18 22:50
sub :訂正
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ごめん、間違えた。
そのままでいい、じゃ
なくて、そのままが、
だった。
-END-
――送信。
「……うわぁぁぁぁぁ」
まだまだ充分捻くれた言い方だとは思うけれど、それでも顔から火が出るほど恥ずかしくて。体中で暴れ回る「ぎゃー」という羞恥の悲鳴に耐えるように、私はカウンターに突っ伏した。
が、すぐに振動を始めた携帯に過剰にビクついて体を起こすと、メールではなく通話の着信だった。一気に緊張が走り、震える指でぽんと画面を押す。
「……もしもし」
「亜希サン? 何かあったんですか?」
……慣れないことなどするもんじゃない。本気で心配されてしまった。
だけど、いっそ――。
「……あの、あのね喜助さん」
「ハイ、何でショ?」
「会いたいの、凄く会いたいの」
「……」
「……」
お願いだから早く何か言ってー!
「……すみません亜希サン。今夜はちょっと、時間通りには行けそうにないッス」
「あ、ううん……」
電話越しに何かガサゴソという音が聞こえる。今夜もまた、春に出版予定の小説の続きを書いていたのかもしれない。ああ、何て我儘なこと言っちゃったんだろう。
だけど飛び出した言葉は戻らない――と、思った時だった。
「今、出ちゃいました。その場所なら30分くらいで着いちゃうと思うんスよ」
驚きのあまり何も言えないでいる私の耳に、すぐにカランコロンという、あの優しくて大好きな音が届けられる。
「アタシ、貴女のそういう素直じゃなさそうでいて、めちゃくちゃ素直なところに弱いんスよねぇ」
「す、素直ぉ!?」
「どんな本かも聞かずにアタシの本を読んでくれたり、直接その感動を伝えに来てくれたり。美味しいモノに釣られて先輩たちにハメられちゃったり。でも本当はその先輩たちが大好きで、誰より尊敬してたり」
「……派手な外見だけじゃ、ないの?」
「あらら、そんな風に思ってたんスかー? いけない人だなァ。アタシがどんなに貴女の人柄に魅了されてるか、知って頂く必要がありそうっスねぇ。そんなワケですから今日は帰れないって連絡、お家に入れといて下さいねー」
そんな風に言って電話を切った喜助さんは、30分どころか僅か20分足らずで私の前に現れて。12月の寒空の下、あの古い駄菓子屋さんまで、私たちは身を寄せ合って、ゆっくり、ゆっくりと歩いて帰った。
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