Nude Face 2
「亜希ちゃん面食いそうだし、彼氏もさぞかし格好良いんだろうねー」
「ものすごーく胡散臭い男だよ。ねー? 亜希」
突如割って入って来た千夏先輩は、あからさまに引き攣り笑いを見せた私など、全く意に介することなく続ける。
「季節問わず下駄に甚平、それでいて一人称『アタシ』のマニア受け作家」
「ええ!? な、何か意外だなぁ……」
千夏先輩の言葉には嘘もなければ棘もなく、私の恋人の人物像が実に簡潔に述べられている。
「でも亜希に嘘なんか吐かせない、懐の深いイイ男よ」
「……!」
にっこりと余裕の笑みを見せた千夏先輩は、思わず見惚れてしまうくらい格好良かった。けれどその意味ありげな台詞の意図も分からないまま、小島水色さんという可愛い系の人がテーブルに先輩を呼び戻してしまう。
「ああいう『大人のデキる女』っぽい人が言うんだから、よっぽどイイ男なんだね! 俺の彼女なんて我儘で嫉妬深くてさぁ……一緒にいると疲れるんだよねー最近」
イラッ……。
「自分の彼女のこと外でけなすのって、どうかと思いますよ」
かなり冷たい口調で、だけど一応は言葉を選んだ私にも、男は少しも怯まずに不遜な笑みを浮かべて切り返してきた。流石、遊び慣れているだけのことはある。
「またまたぁ。そういう自分だってさっき、彼氏が胡散臭いなんて先輩に言われたのに否定のひとつもしなかったじゃん」
容姿云々の前に、私にはこのツラの皮の厚そうな男の方がよっぽど胡散臭く思えた。女が好きそうな会話、歯に衣を着せたような世辞文句、時折仕草を真似てくるのはミラーリングとやらだろうか。そうした全てがマニュアル染みていることに、どこか女を下に見ている感じがして、不快。
「そういう胡散臭さがしっくりきちゃうとこが良いんですよー。あ、ちょっと迎えに来て貰う時間連絡して来ますね」
受付嬢のプライドを賭けてニッコリして見せたけど、きっと今の私の笑顔とて立派に胡散臭いに違いない。今の私と千夏先輩の間には、それだけ大きな格差があるのだと改めて思う。先輩たちは、会社を離れた色々な場面に於いても、こんな風に私にはまだまだ大人になる機会がある、ということを教えてくれる。
「え、ここに迎えに来るの!?」
「ええ、そうですよ」
振り返った先で何やら露骨に驚いている男に答えてから、私はトイレへと向かった。
右手に携帯を持ったまま洗面台上の鏡に映る自分の顔を見つめ、はぁと大きな溜め息を零す。迎えに来て貰うか迷ったまま、未だ私は喜助さんに返信出来ずにいた。
彼は小説を書く傍ら、先代からの下町情緒溢れる駄菓子屋を、旧知の仲である鉄裁さんと共に細々と守っている。
『利益を度外視してでも過去からの遺産を大切にする』
喜助さんは、まさにそういう人だ。
そんな彼とは、古書の匂いに惹かれてふらりと立ち寄った古本屋で出逢った。彼が作家であるなんて露ほども知らなかった当時の私。無論、本を嗜むなんていう知的な趣味など皆無だった。
「実はあんまり本は読まなくて……でも古いインクの匂いは好きなんです。何だか懐かしくなるっていうか……」
何気なく手に取った1冊の本について話掛けられた私は、恥ずかしさに駆られつつ事実のままに告げた。
「いいッスよねぇ、時を重ねた古いものの匂い。レトロ感を再現したものには絶対に出せない味わいがある」
それから時折会ってお茶したりするようになって何度目かのある日、突然家へ来ないかと喜助さんに誘われた。柔らかい物腰ながら何処か飄々としていて掴みどころの無い彼だけに、その真意はまるで分からなかった。けど。
もっと、喜助さんを知りたいと思った。
そして私は少しの戸惑いを覚えつつも、彼に着いてあの『浦原商店』へ行くことに。
「相当なボロ家っスけど、やっぱりアタシはこの家が一番落ち着くんス」
喜助さんはそんな風に言ったけれど、古いイコールぼろではないことぐらい私にだって分かる。畳の匂い、木の温もり、絶妙な風合いの木目が小粋なちゃぶ台。事実、その木造の空間にある全てはゆるゆると私をほっこりさせてくれたものだ。
うっとりしている私の前に湯呑みを置き、ちゃぶ台を挟んだ向かいに座った喜助さんは、私に一冊の本を差し出してきた。
「良かったら読んでみて下さい」
表紙に挿絵ひとつ無いこざっぱりとしたハードカバーを開くと、中はびっっっしり活字が並んでおり、正直私にゴール出来るだろうかと不安になった。
だけど、もしこの本が喜助さんのお気に入りの一冊ならば、彼の価値観や感性を知るヒントが詰まっているかもしれない。
そう思ってその日の夜から読み始めた私は、著者の奇抜な発想と視点によって描かれた世界に一気に魅了された。活字慣れしていない分、読み終えるまでに数日を要したものの、その間、私は今まで味わったことのない充実感でこの上なく満たされたものだ。
その本を読む機会を与えてくれた彼に直接その思いを伝えたくて、私は興奮冷め遣らぬまま浦原商店へ向かった。
「喜助さん、この本凄い! 昨日読み終わったのに今もドキドキが治まらないの!」
そんな風に高揚した思いの丈をぶつけると、ふっと眩しそうに目を細めた彼に、私は突然抱き締められた。
「……参っちゃいますねぇ。実はアタシなんスよ、その本書いたの」
「えっ!?」
「亜希サン。アタシ、貴女が好きです」
喜助さんが作家だったという衝撃事実に加え、彼が嗜む刻み煙草の芳醇な香りに包まれて受けた、突然の告白。色々な驚きとドキドキで頭が追い付かないながら、それは、すとん、と私の心に響いた。
それからというもの、私はすっかり喜助さんの虜になってしまって、今尚どうしようもなく夢中で。
だけど。
この派手顔に寄ってくる男は、女に垢抜けた華と色を求めてくる、ああいう軽くて遊び慣れた男ばかり。合コンの女王であるふたつ上の冬花先輩曰く『寄ってくる男は自分の鏡』なのだそう。言い得て妙だと思う反面、自分の程度の低さを思い知るようで、心が暗く沈む。
「亜希サンみたいな素敵な人、アタシには勿体無いくらいだ」
セックスの最中、耳元で独特な色気を帯びた声で囁かれる度、恍惚とするその一方で堪らなく不安になる私がいる。
私の、どこが好きなの?
そんな陳腐な質問ひとつ怖くて出来ない、実は『内助の功』を発揮するしとやかな女性に憧れている、本当はトコトン地味な、私。
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