It's up to you 4
――12月25日。
「あれ? 冬花、エクステ取っちゃったの? しかも巻いてないし」
「ずっと付け替えだったんで少し休ませようと思いまして。本当は先輩みたいな前下がりボブもやってみたいんですけどねー彼氏さんみたいなオカッパとか」
私がニヤついて言うと、千夏先輩は飲み掛けのコーヒーをブッ! と盛大に噴出。そんな決して上品ではない、でも女らしい動揺を見せる先輩の様子にちょっと笑ってから、私は背を正してある報告をした。
「私、来年には担当を外されると思います。そのことで室長の手を色々と煩わせることになるかもしれませんが、どうか、これからも宜しくお願い致します!」
「……そっか、良かったじゃん!」
およそ上司とは思えない台詞を、清々しい笑顔でさらりと言ってのけた千夏先輩。その単純なひと言に、先輩なりに心配してくれていた色々が詰まっているのをひしひしと感じた私は、今一度深く頭を下げた。
昨夜、私は常務の会社のパソコン宛に1通のメールを送って帰宅した。週頭から渡米中の彼がそれを見るのは恐らく最も忙しい最終週、即ち来週になるだろう。
我ながら嫌味っぽいなとも思ったけれど、これで良かったと彼が思う日が来ますように、と願った気持ちにも嘘はない。
――愛と呼べるものなど無かったにしても、私にとって『大切な人』ではあったから。
「本当にひとりで残業するの? 今夜冬花の電話1本で駆けつける男なんていっぱいいるでしょーに」
「今の内にやるべきことをやっておかないと。元愛人にも常務秘書としての意地がありますから」
意気込んで言ったにも拘らず、思いのほか千夏先輩から返って来たのは「う〜ん」という唸り声。
「ねぇ、明日の休日を返上ってのはどう?」
「はい……?」
先輩は、コートを着ながら手にしていた携帯をそのまま私に見せて来た。
from:市丸くん
12/25 20:30
sub :千夏サンタさん
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チーフに残業押し付け
られた可哀想なボクに
お宅の冬花ちゃんを
プレゼントに下さい♪
-END-
「なかなかオススメだよ? セックスも上手いらしいし」
「……それ旦那さん情報ですか?」
「誰旦那って。あ、風呂掃除も上手いよ」
戸惑いを露にした私に「どうするかは任せるわー」とだけ言い残して先輩はさっさと秘書室を出て行ってしまった。ギンに連絡先を渡されてはいたし、するつもりが無かったわけでもない。だけど自分勝手は承知で、全部スッキリさせてから連絡したいと思っていたのに。
それ以前に、残業しているギンは私にどうしろと……?
自分のデスクに戻り携帯の電話帳を開いた私は、暫し迷ってから通話を押した。
「はぁい」
「冬花です。あの、ごめんね連絡しなくて……」
「別に謝らんでもええよ。ボク、サンタさんにプレゼントの確約して貰うたから」
かく、やく……?
「は? え、でも残業中なんでしょ?」
「ボクひとりぽっちやもん」
「もん、て……」
「キミはな〜んも心配せんと下に来とるタクシーに乗ったらええんよ。ほんなら寒い思いもせんと、びゅーんてボクの胸ん中や」
プツッ、ツー、ツー……
立ち上がって窓の下に目を遣れば、見事に1台タクシーが待機していた。
「……あーあ、やられたなぁ」
だけど口から出た言葉とは裏腹に、何だかこのサプライズを楽しく感じ始めている自分がいた。
私、こんな強引な男が好みだったっけ? などと苦笑しながらコートに袖を通し、マフラーを巻いて。化粧チェックもせずにエレベーターに乗り込んだ自分に気付いてはひとり大笑い。ひとけの無い1階ホールを早足で突っ切り、自動ドアの外の身を切るような寒さが更に私を小走りにさせて。
そうしてタクシーに乗り込んでバタンとドアが閉まった瞬間、ひとり私は怪しくほくそ笑んでいた。
――いっそ、本当にギンの胸に飛び込んでみよう。
−END−
2009.12.27
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