It's up to you 2
こういうのを、『天罰が下る』っていうのかもしれない。
正直、今までの彼氏は俗に言う『イイ男』ばかりだったけど、思い返してみても自分から夢中になった記憶が無い。かといって別に一緒にいて楽しくないわけでもないし、イイ男とするセックスも嫌いじゃない。
ずっと、そんな感じだった。
ただ後輩の派手顔な亜希に同じく、私に寄って来るのも容姿や雰囲気に左右される男が大半で。だけど生憎『守ってあげたい』に相応しい、しおらしい性格など持ち合わせていない。殊のほか醒めてる地を出そうもんなら、ドン引かれたり、勝手に傷付かれたり、騙されたと喚かれたりと面倒臭いこと尽くしになる。だから結局、演技するのが面倒臭くなった頃合が、縁の切れ目。
つまり私の言う『寄ってくる男は自分の鏡』は、単なる事実。私にとっても決して良い意味なんかじゃない。加えて仕事に於いて言うなら、ちゃんとやってても頼りなく見えたり、やたらお局に睨まれたりと損なことも多い。
そんな繰り返しにいい加減ウンザリした私は、『常務秘書』という目先の餌に自分を曲げ、根拠の無い自信だけで安易な誘いに乗ってしまった。その代償が公私共に担当となった男に囚われ続けるだけの、この不毛な毎日。
――今やもう、この不適切な関係の終止符の打ち方ひとつ分からない。
化粧直しついでに気分を入れ替えようとトイレへ向かいながら、私は千夏先輩が室長となった、あの春の日のことを思い出していた。誰より早く出社し、室長デスクに座ってアイマスクで目を冷やしていた先輩の声は、掠れていた。
“冬花、慣れって怖いね。もし私が当たり前の顔して室長風吹かすようになったら本気で怒ってね”
「……大丈夫だよ、先輩は」
いつだって本質を見抜く目を持ってるあなたは、私とは違うもの。
――彼の手足にはなれても、絶対に心臓にはなれない、私とは。
トイレで携帯片手にモヤモヤしている亜希を宥めつつ、あんなチャラ男ごときに沈まされる彼女の素直さを密かに羨ましく思った。イヤな顔ひとつせず合コンの場まで迎えに来てくれる男を掴まえた亜希が、自信を失う必要なんて欠片も無いのに。
確実に帰れない時だけ必要とされ、彼が来週出席予定のアメリカで行われる式典に、彼の家族を同行させる手配までしてる私なんか、目も当てられない。
そんな風に自嘲しながらトイレから出ると、向かいからあの銀髪の彼がこちらへやって来るところだった。
「あぁ、とー……冬花ちゃん、やったなぁ?」
「はい。えっと、市丸さん」
ニッコリ。
いくら気分が荒もうとも、こんな時期に我儘を聞いてくれた先輩の顔は立てなくては、と作り慣れた笑顔を返す。
「啓吾が『マダカナー♪』言うてキミんこと待っとったで?」
「あはは、じゃー早く戻らなきゃですね」
ニッコリ。
「何やずいぶん楽しそやねぇ」
「楽しいですよー? こういう場も久しぶりですし」
すると彼は、にんまりとした笑顔のまま私の真横を通り過ぎて男子トイレへ消えた――たったひと言、爆弾を投下して。
“そないな風に見られたいだけやろ?”
「なん、なの……」
言い知れぬ不快感と動揺に駆られた私は、再び誰もいないトイレへ舞い戻り最奥の個室へと逃げ込んだ。
“俺の前では仮面外していいぞ”
初対面でこの仮面にヒビを入れる男など未だ嘗てひとりも会ったことが無い。『許可』という卑怯な形で私を縛るあの男ですら、今の関係になって『私』を知ったのに。
彼以外に『私』を見抜く男が存在しては――困る。
痩せ行くプライドがこんなにも悲鳴を上げているというのに、心はひとりでに矛盾を叫んでしまう。
声が、聞きたい。
扉を背にしゃがんで腕を抱き、ぎゅっと眼を瞑って体の内で暴れ回って出口を求めている感情を必死で押さえ込んだ。
すると入り口の方から聞こえたバタン、という音。
「なぁんや、早う戻るんやったんとちゃうん」
「……は? え、ちょっと、ここ!」
「ここなぁ、今から清掃せなアカンねん。まーここ言うても閉まっとる1箇所だけやねんけども」
清掃、か。
「あはっ、あはははっ……っは……」
まるで自分が汚い物のように聞こえた私は、あーそっかぁと知らず笑っていた。
――だけど。
「せやからキミん中にあるモン、さっさと流して出て来て貰えへんかなぁ」
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