act2 2
「……潮時、かなぁ」
「ん、どうかしはったんですか? 千夏さん」
「ううん、私ちょっと亜希の隣の男に釘刺してくるわ」
真子と知り合って6年、同棲してもうすぐ5年。同い年の私たちは、今の亜希より少し若かった頃に、やっぱり先輩に連行された合コンで知り合った。
「お互い、アカン先輩持つと難儀するなぁ」
「……ほんと。もう帰りたい」
だけど当時、私はお局秘書室長を、彼はチーフコピーライターを筆頭とした先輩メンツに恵まれていなかった。言うなれば反面教師。脈々と受け継がれている上下関係の不文律には随分と辟易させられたものだ。
そんな中、私たちペーペーにとって合コンは、先輩たちの出会いを円滑にする為の接待に近いものだった。拙い気配りを若いパワーだけで補い、先輩たちがイイ感じに酔っ払った頃合を見計らって表へ逃げる。
そんないつものパターンで外へ出たある日、思わぬ同志と意気投合した。
「やっぱアレなん? 女だらけぇいうことは昼ドラみたくドロドロしとるんか?」
「あーしてるしてる。そっちもスーパー雑用係として引っ張りだこなんじゃないの?」
「せやでぇ、最近なんか携帯鳴るだけで憂鬱なってまうねん」
それが真子だった。
いわゆる『ノリと勢い』で電話番号を交換し、それぞれの日常に戻って暫く経ったある日。
「おー俺や俺! ちょお聞いてや、俺入社して初めて日曜休み貰うたやんか! なぁ、パーッとどっか遊び行かへん? うわぁ〜どないしよ! ドコ行こー? あ、千夏は財布なんか持って来んでええからな。忙しゅうて使う暇あれへんかった金がぎょーさん貯まっとんねん! もーなんっっっでも好きなモン食わしたるで! おっちゃんにドーン! 任しとき!」
何処の詐欺師かという台詞以降、ものっそいテンションの高さでガーッ! と喋られた私は、携帯を耳に当てたまま「おっちゃんて誰だろう……」と思いながら呆けまくっていた。
「うぉーい、聞いとるかー? 俺はオマエに会いたい言うとるんやでー」
「……っ、行く!」
さらさら〜っと言われたそれに、心が跳ねた。嬉しかった。
その頃から真子は、私の何倍も何倍も多忙な毎日を送っていて、だけど休みが合う時には必ず電話をくれて。ふたりして色々な場所へ出掛けては、とにかく笑ってばかりいたような気がする。
お互い踏ん張っている。たまに会う度、そんな何かに支えられているような確かな実感があった。劇的な告白や付き合おうの言葉も無く、私たちはそんな風に始まった。
今思えば、お互い言葉にして形を作ることが怖かったのかもしれない。
――形を作らなければ、壊れることもない。
「……なぁ、一緒に住まへんか?」
「うん、そうだね」
真子が同棲を切り出したのは知り合って1年。私に役員秘書という立場が与えられ、事務的な手配に止まらず担当の出張に同行する頻度が増え始めた頃のこと。
お互いざっくばらんな性格ではあるが、こういう類はきちんとしたい方で、互いの両親に挨拶を済ませた上で私たちの同棲生活は始まった。
“俺はな、千夏がおるから走り続けられんねん”
――私だってそうだった。
「千夏さん、デザート来ましたよー」
亜希の隣の男にやんわり物申した私は、小島くんに呼ばれてテーブルに戻った。市丸くんと白は席を外しており、リサはかったるそうに浅野くんと話している。
冬花は真子と話しているようだが、鋭い彼女は恐らく自分が話している相手が『そう』だと勘付いてるに違いない。
「千夏さんって秘書課の室長さんらしいじゃないですか。まだ若いのに凄いや」
「あー……うちの会社、春の新体制移行で色々あって。本当はまだそんな器じゃないんだけどね」
「にしたって凄いですよ。僕、そういうやり手のお姉さんって憧れるなぁ。でも千夏さん、確か長く付き合ってる彼氏さんがいるんでしたよね」
……そういえば、この可愛らしい面をお持ちの小島くんは、年上キラーだって市丸くんが言ってたな。
「結婚するんですか?」
ぎょっ!
その相手が同じテーブルにいるなど知る由もない小島くんには、何の他意も無いのだろうけれど。
「どうだろうなぁ……あ、ちょっとごめんね」
曖昧に濁した私はボスからの着信に席を立ち、急ぎ表へ向かった。
私も真子も、元より結婚には拘りが無い。それぞれの勤務状況を知る両親たちも、納得はしてないまでも、うるさく口出して来ることもない。
だけどそれ以前に今の私たちは、長くすれ違い続ける生活の中で対話の無い会話しかしていない。
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