強さと弱さ 8
「しっかし、こない寒いのに元気やなぁ……」
潮ん香り含んだ冷たい風荒ぶ中、俺は浜に降りるウッドデッキの階段に座って真冬の海をぼやー見とった。気合いの日の出待ちなんか、浜辺には焚き火しながらキャッキャしとる若モンの姿。
夏希の話には、俺自身なんや色々考えさせられてまう感情がようさん詰まっとって、間違うても笑える話なんかやなかったけど。
何の為に話してくれたんかっちゅー意味も含めて、夏希の口から直接聞けてほんま良かった思う。
“私にとって真子といる時間は大切なものだよ”
“豪快に凹むよ、きっと”
ちゅーてもやっぱ、事実いずれそう遠ない未来に去る俺んとって、夏希の気持ちは嬉しさ半分、無念さ半分。
しゃーけど、やったらあかんボーダーはともかく、俺は夏希の前ん男を一概に非難する気にはなられへんかった。同時に、夏希は気ぃ付きよう無かったんちゃうか思う。
――例えば俺が副隊長、女も同し副隊長。
そいつは霊術院時代の同期、且つ誰の目ぇから見てもその差は歴然っちゅー天才。容姿もそれなりにイケてんねん。ほんで俺んとこの隊長がめっちゃやなヤツで、そいつと比べてヤイヤイ俺に言いまくんねん。毎日毎日な。
しゃーけどそいつは、チヤホヤされたり担がれたり、瀞霊廷通信やらにバンバン載せられる自分に悩んどる。
死んでも隠すやろな、俺も。
男としての矜持かてあるけど、自分の所為で俺がヤイヤイ言われとるなんか、そいつんこと苦める以外の何もんでもあらへん。それこそ夏希みたぁな性分やったら、場合んよっちゃ「辞める」やら言い出しよるかも分からんわ。
せやっても夏希の強さは、虚勢なんちゅうまがいモンやなくほんまモンや思う。
それは、そないして人と自分の気持ちの間で揺れてもうたり、思い出ん中から答え探ししてもうたり、何年もしんどい手紙溜め込んでまう自分の弱さも、誤魔化さんと認められて。それでいて周りから稀有な目ぇ向けられても、意固地にならんとおれるポジチブな血ぃが故ちゃうやろか思う。
ほんでもし、そん男がそないな夏希の弱さと強さ、両方知った上であない事件起こしたんやとしたら。夏希が望む・望まへんは関係なしに、ほんまに夏希のこと救いたあてしよったことかも分からへん。地べた這いずり回るよな姿晒したっても、夏希なら潰れんとやり直せるて信じて。
――それが愛なんか自己満なんかは、俺にも分かれへんけどな。
デトックス? カタルシス? よう分かれへんけど、泣くちゅーことにほんまに浄化の意味があんねやったら、オマエはもっと泣いた方がええ。
“自分の荷物は自分で持ちたいんです”
しゃーけどオマエは『守られる』なんちゅータチやあらへんから。俺は慰めるも、抱きかかえるもせん代わりに、どないオマエやってもまんま受け止めたるまでや。
あの新月の夜、オマエがしてくれたみたいにな。
突き刺さるよな冷たい空気の中、深い群青の海に、緩い波が作りよる泡ん層がよう映えて綺麗やわ。
俺が戻ったら多分、ごめん言いつつ「えへへ」いう照れ笑いかなんかして。この海に今年最初の朝日が昇る頃には、無駄にテンション高なったひよ里と「おー!」やら言うて、あの妙に清々しい笑顔零しとる。
そないな夏希が優に想像出来てまう自分に、ぷって笑いながら腕時計見て立ち上がる。
「ほなボチボチ戻りまっかー」
首ぃすぼめてぽてぽて戻ったった駐車場で、ひよ里に電話しながらちぃとばかし霊圧上げる。それからちゃっとブラックの缶コーヒーふたつ買うて、俺は夜更けの線路を横断した。
「もしもーし、どこおんねん」
部屋ぁ戻るも夏希はおらんくて、ハァ? 思いながら電話したったら上からパタンいう音がしよった。
「ごめんごめん屋根にいた。今戻る」
聞きながら何となしにカパて箱ん蓋開けてみたら、思いの外クッキーの本数が減っとってギョッ! なってもうた。オイオイ思てゴミ箱ん中覗いてんけど、やっぱ半分は確実に食うとる。
「……ちゅーかオマエ、クッキーで正月太りとか聞いたことないで?」
「あー、あはは! 何かモックモック久しぶりで『やめられないとまらないスイッチ』入っちゃって」
呆気らかんとした声ん後ろで聞こえるパタパタいう音。それと一緒に頭上からもそん音がしよる。
「ちゅーかそこ、どっから行くねん」
「あーベランダから上れるんだ」
それ聞いて部屋ぁ見回したら、さっきまでカーテンが閉まっとった窓ん先に小っさいベランダが見える。ガラて開けて壁沿いの梯子に気ぃ付いたとこ、真上から夏希の声が降ってきよった。
「寒いよ? 外で時間潰さしちゃったし、冷えてるんじゃない?」
「大丈夫や。ちょお上ってみたいねん、サンダル借りるで」
梯子ん先にしゃがみよって俺んこと見下ろしとるみたいやねんけど、そん顔は暗くてよう見えへん。ま、声の調子からして大丈夫そやけどな。
ゆっくり上って屋根んてっぺんの平べったくなっとるとこ立ってみると、さっきまで見とった海が上から一望出来た。
「はーなるほど! 確かにここならバッチシ日の出見えそやな」
「うん、雲も少ないし綺麗だよーきっと」
真ん中らへんでウンコ座りしとる夏希に倣ってしゃがんでみると、まだ夜中で朧やけど丁度ええ高さに水平線らしきが見える。
こないレトロな屋根ん上おると何や妙な既視感沸いてまうなぁ……隊舎とか隊舎とか隊舎とか……。
「あの、真子……ごめんね? へへ……」
ぶっ!
「くくくくくっ……ええて。気にしなや」
「え、てか何でそんなツボ入ってんの?」
洗うてサッパリかなんかしよったんか、すっぴんなった夏希がめっちゃ訝しんで俺んこと見てきよる。
「ふくくっ、はー苦しかったぁ! やー俺ほんまオマエんこと好きやわー」
「……何だかよく分かんないけど、私も」
「は……?」
「真子のこと好きだよ」
…………おっ、とぉぉぉ!?
目ぇひん剥いたまんま、咀嚼し切れへん夏希の台詞を懸命に頭ん中で反芻する。
真子のこと好きだよ
真子のこと好きだよ
真子のこと……
『好きだよ』
……ちゅーか人んこと言われへんけど、かーなーりーサラっと言いよったでこの子。
「あれ、反応なし?」
「アホか! お、おお俺かて流石に吃驚するっちゅーねん!」
「ふ、そーなんだ」
「ちょ、何やねん! ニヤニヤしなや!」
夏希は滅多に怒らへんし、基本おおらかサンやけど、何や『先月のお返し』みたくほくそ笑みよるそん顔見たらアカン同類かも思うてもうたわ。しゃーけどそれも、ある意味楽しみっちゃ楽しみやな。
求めてへんなんか言うたら嘘んなるけど、先んこと考えたら俺にそない資格なんかあれへん思うてた。せめて、こないして隣おれる間だけでも夏希の支えんなれたらそれでええ思とった。けど。
「ほんならまー、景気付けにちゅーでもしとこかぁ?」
夏希は俺ん言い様にケラケラ笑うてから、海の方見たまんま何やサッパリした笑顔で「そだねー」やら言いよって。
めっちゃ寒い元旦。屋根ん上でちゅー、してみたはええけど。
どちらともなしに、お互いウンコ座りしたまんま首だけ横向けてのそれは、ムードどころか、何やとうに慣れ親しんだ男女の挨拶みたいやって。
「「……ぷっ、ひひひひ」」
こないして気色悪い笑い漏らし合うたんすら、何やアホみたく楽しゅうて。
「何や俺ら色々と順番間違うてもうたんかなぁ……」
「あはは、でも私はこうやって楽しい方がいいなぁードキドキしなくても」
「ちょおオマっ、俺まだドキドキせえへんは言うてへんぞ!」
「うん、『まだ』ね」
「あ……」
せやってもやっぱ、嬉しゅうてどうしょうもなくて。何や胸ん辺りが、めっちゃぬくぬくしとった。
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