強さと弱さ 7
――『自責』という感情は連鎖するもの、なのかもしれない。
皮肉なことに第一通目が届いたのは、私がセミダブルのベッドを始めとする諸々を、ゴソッと粗大ゴミに出した翌日のことだった。
無論それ以前に顔を合わせての謝罪もされており、その際に被害者の方々や社会的影響はともかく、私個人として謝罪を受ける資格は無いと思っている旨も伝えた。
故にその一通目を一応の『形』として書面にしたためて下さったのだと解釈して程なく、ニ通目と、別で現金書留まで届いて大仰天。
流石に勘弁して下さい、と慌てて電話を掛けたら、出たのは彼のお父さん。送金に関しては何とか了承して貰ったものの、謝罪の手紙については「家内の好きにさせてやってくれませんか」と逆に頼まれてしまった。
それを聞いてようやく私は、ああ、『せずにはいられないこと』なんだと悟った。
それでも半年くらいは、締め付けられるような気分を圧しながらも、毎月きちんと隅々まで目を通していた。けれど、徐々に文中に彼の近況めいたものが含まれるようになり、遂ぞ私は開封出来なくなってしまった。
母の想いがひしひしと篭められた文から伝えられる彼の現実、それをも含めてあの一件の後遺症として受け止めなければいけない――そう、頭では分かっていても。
『知りたくない』
かといって彼のお母さんにとって、私や被害者に謝罪の手紙を書き続けることが、彼のように自責に潰れない為の唯一の手段であることなど分かり切っていた。
だから私は、引き出しに手紙を溜め込む代わりに、もう何があっても原点を忘れまいと心に決めた上で美容師を続ける選択をした。
けれど1年、2年、3年と月日が流れても、きっちり月いちで届き続ける状況に何ひとつとして変化は無く、同時にそれは、彼のお母さんの時間が止まっている事実をありありと物語っていた。やはり、こちらから断ち切らなければ終わらない。
終わらないということは、『始まらない』ということなのかもしれない。
そうして未開封だった全てに目を通した私は、つい先日、彼のお母さんと電話で話したばかり。にも拘らずこの箱が存在していることに一瞬驚いたものの、お歳暮の時期を考えればそれより前にここへ到着していたに違いない、と思い至ったのだった。
ここまでざっと話していた間、時折目を丸くしたり、眉を顰めたり、苦い表情をしたりしながらも、黙って耳を傾けてくれていた真子が怪訝そうに口を開いた。
「……ほんで、納得はしてくれたんか?」
「納得、はしてないと思う。ただ、敢えてかなり辛辣な言い方しちゃったから……」
「易々とは送って来れへん状況作ったったちゅーことか……」
けれど、どうしてか口にすればするほど、またひとりでにぐるぐると自問が渦巻き出してしまう。
“自分で決めたから迷うんやろが”
本当にその通りだと思う一方で、せめて迷った気持ちを忘れぬよう胸に留め、進む先を意味のあるものにしなくてはと思う。つまりは今、この時から。
小さく深呼吸し、何か複雑な面持ちで煙草を取り出そうとしている真子をじっと見据えると、「ん?」というような顔をされた。
「私にとって真子といる時間は大切なものだよ。でも真子と同じで毎日会いたいかっていうと、やっぱそうでもない」
「……!」
私の唐突な言葉によほど驚いたのか、その切れ長の目がこれでもかと見開かれ、咥えかけた煙草が口元からぽろっと落ちた。
「真子といると楽しいし、安心するよ。でもそれに慣れたくはないんだ」
「……安心しとって万が一俺がおらんくなったら……オマエんとってちょっとはダメージ、ちゅー意味か?」
「あはは、ちょっとなんてケチケチせずに豪快に凹むよ、きっと。でもそうじゃなくて、私が言ってるのはもっと自分勝手なこと」
益々わからないというように片眉が上がり、その口が「ハァ?」の形にカパッと開く。
「私、人の気持ちに鈍感なとこあるし……甘え過ぎると、また大事なこと見過ごしちゃうかもしれないから」
安心に浸り切って大切に出来なくなるくらいなら。
薄れてしまうなら。霞んでしまうなら。忘れてしまうなら。
日々、思い知るくらいが丁度良い。
「……アホか、鈍感なヤツが何年もそないしんどい手紙溜め込むわけないやろが。それにオマエかて色んな時あるんが普通やろ」
ガシガシ頭を掻きながら「ったく、難儀なやっちゃなぁ」とぶつぶつ言っている真子を、今度は私が訝しんで覗き込んだものの――。
「オーマーエーは!」
「いたたたっ! え、何で新技!?」
「アホ、20XX年バージョンやっちゅーねん!」
……こめかみを両の拳でぐーりぐりされた。なぜ。
「あんな、俺にはタイミングが悪かっただけとしか思われへんで」
「タ、タイミング……?」
「オマエが仕事でモヤ〜っなっとる時に、そん男もパワハラでウゥ〜っなっててんやろ? どっちかが平穏やったら違う結果になっとったかも分かれへんやんか」
現在、ぐりぐりした拳をそのままに額をコツンと合わされ、ものっそい至近距離から盛大にメンチを切られている。だからなぜ。
しかし、こんな時までパッツン前髪の感触に意識が向いてる自分に気付いて内心笑ってしまう。好きなものを好きでい続けることは言うほど簡単じゃない。やっぱり好きだと言えるところまで来れた私はきっと、幸せなんだろう。
「そう、かなぁ……」
「まー違う結果なってたら俺ん出る幕なんかあれへんかったけどな。ちゅーか『全部は引き受けられない』言うたわりにオマエ、引き受け過ぎやっちゅーねん」
「ええーそう!?」
「男んこと、そん母チャンやら父チャンのこと、被害者んこと、リークされた家族んこと、店んこと、そん仲間や友達んこと……そないなモンひっくるめて立っとるオマエは強い思うで? 根性あるなぁ思うわ。思うけどな」
そこで一旦途切れたや否や再びぐっとこめかみに力が入れられ、知らず眉根が寄ってしまう。結構痛い。
「俺から言わしたらな、どいつもこいつもオマエん強さに甘えすぎやっちゅー話や。そんなんしとって、オマエ自身はいつまともに傷付いた顔が出来んねん」
傷つく……?
真子は言葉に窮した私を解放すると、おもむろに目の前にある箱の包装紙をビリビリ剥がし始めた。
「おっ、見てみぃ夏希、モックモックやで」
下から出てきたは有名な洋菓子メーカーの箱。続いてカパッと蓋を開けられた中には、御馴染みの葉巻型のクッキーが覗いていた。
「ほれ、これで最後やろ。とっとと食ってまえ」
次いで尚も押し黙っていた私の前に、個別包装された1本がずいっと突き出され、何となく流れのままに受け取ってしまった。暫くジッと見つめてから切り口を入れると、中からはどこか懐かしく、香ばしい甘い香りが。
誘われるようにサクッとひと口噛めば、バターと砂糖の混じり合った絶妙な甘さが口内に広がり、不意にきゅうと喉の奥がしまる感覚がして慌てて口を引き結んだ。
が、どうやら察してしまったらしい真子が、こら『あったか〜い』コーヒーがいるなぁ! と大きな独り言を零しながら立ち上がる。
「ちょお俺、駐車場の自販行って来るわ。何や今日はどれにするか迷いそやなぁー15分か20分そこら掛かってまうかも分かれへんわぁー」
とか言って私の頭にぽんと掌を乗せると、コートを手にしてすぐに部屋を後にした。
パタンと扉が閉まった途端、ダムが決壊するが如くぼろぼろと落ちたそれは、すぐに天板で小さな水溜りを作った。
私は、俺の胸で泣け! とか言わないでくれた真子に感謝しつつクッキーをもぐもぐし、「迷惑なんです」なんて言ってごめんなさいと心の中で彼のお母さんに詫びた。
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