強さと弱さ 6
――私の手の中に、『せずにはいられない』という感情がある。
「……うん、ごめんね」
「んあ、いや」
「ね、乾杯しようよ」
「……せやな」
とりあえずコタツへと促した私は、何処か居心地の悪そうな真子のぐい呑みに、半ばむりくり自分のそれをコンと合わせた。
「明けましておめでとう」
「……おめでとうサン」
いつになく苛立ち混じりの焦燥を露にした真子の、何がそれほど情動を駆り立てたのかはさっぱり分からなかった。だけどそれでも、無理はしなくていいのだと、あるがまま受け止めようとしてくれる想いみたいなものは、感じられた。
その気持ちに甘えてしまうことにまだ、迷いはある。
プライドだとか、そんな体良く格好良い理由の前に、私は自分がどれほど惰弱であるかをよく知っている。だけどやっぱり、真子の優しさは、温もりは、抗いようもなく私をほつれさせる。
ひと口、ふた口と、常温のぬるい酒を喉へと流し込んでから、私は天板の隅にある包装紙に覆われた箱を、両手でスススと真ん中に引き寄せた。それをじっと見つめながら、胸に渦巻く色々を断ち切るよう、ふーと小さく息を吐く。
所詮は心を痛めるふり、欺瞞に過ぎなかったんじゃないか。自分が楽になりたいが為に、ひどく、残酷なことをしたんじゃないか。本当にこれで良かったのか。
答えは出ない。
それでも、自分なりに考え抜いてひと区切り付けた以上、私はそれを『私の答え』と決め、前へ歩き出すことしか出来ない。
「……これ、さ。形式的にはお父さんのメモにあった通りお歳暮なんだけど、違うんだ」
恐らく私が口を開くまで待っててくれたんだろう真子は、紫煙を燻らせながら「違う、て?」と落ち着いた声で先を促した。
「うん、のし紙も無いでしょ?」
「んあ? あー……せやな」
「うん。これはね、『謝罪』なんだ」
上手いこと言えるか分からないけどて前置きしてから、夏希はゆっくりひと言ひと言、自分の言葉を確かめるよな間合いで話し始めよった。まっすぐ俺の目ぇ見ながらのそれは、さながら神聖な儀式みたいや。
「ごっそり物を捨てたのは、答え探しを止める為」
「答え探し……?」
「答えをくれなかったんだよね、彼は」
不可解な言葉に眉寄せつつも、多分あの雨ん夜に言うとった『聞いて欲しいこと』やんな思うた俺は、とにかく最後まで黙って聞いたろ思うた。
「彼を追い込んだのは、私とロイヤルっていう店なんだ」
美容学校から一緒やったそん男と、同志として、恋人として、途中までは互いを高め合えるよなええ関係やった。少なくとも自分はそう思うとったて夏希は言うた。
今思えば、そいつがおったロイヤルいう店の引き抜きに応じてもうたんがそもそもの間違い。しかも自分は、『川村夏希』を引き合いに男が店でパワハラ並に煽られとった事実にアホみたくまるで気ぃ付いてへんくて。
にも拘らず自分の葛藤を、不安を、何の躊躇いも無く男ん前で晒してもうとったと。
恋人っちゅう関係に甘えすぎとった、そう夏希は言うた。
“川村夏希を潰したかった”
“夏希を救いたかった”
拘置所に面会行った夏希に吐露しよったことと、憔悴しきった顔で法廷で証言しよったこと――聞いとる俺まで首傾げてまう相容れないふたつ。
大勢がそん証言を欺瞞や言うて憤慨しててんけど、金騙し取られてもうた人んとっちゃ、どっちも『知らんがな』レベルの個人事。そんなん関係あらへん。
しゃーけど夏希には、そん両方が本音に聞こえたらしい。
「そう思い込みたいだけ、かもしれないけど」
完全憎まれとったいうのもキツイけど、夏希を救いたあてそんなんしてもうたなんちゅうオチは、もっと堪えられへんわな。
「でも……はは、色々残ってると結局、しちゃうんだ答え探し」
裁判やら、被害者への謝罪やら、雑誌の影響やら。そないなバタバタがようやっと落ち着いて来た頃から、男の胸にしかないはずの答えを思い出ん中から探してまうようなって。何してんねやろ、何べんそう思うても止められへんくて。
こないに囚われてまた自分見失うたらアカン思て、まるっと全部捨てたったんやと。
男はっちゅうと、目ぇ醒めたんはええけど自責に潰れたかなんかで、実家戻った今もまともに外出出来へんくらい精神が不安定なってもうたとか。
親として居た堪れへんのか、男の母ァちゃんから、以来ずっと毎月夏希のとこに謝罪の手紙が届いとったみたいやねん。
――今、夏希の手ん中にある箱も、そないな謝罪の形のひとつ。
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