強さと弱さ 5
向かいの駐車場から線路横断。四、五段の石段上ったとこに夏希の実家はあった。もくもく生えとる防砂林に隠れとった実物見るまで、建築設計事務所っちゅーだけに何やけったいな家ぇ想像しとった俺やけど――。
見たら何のこっちゃない、喜助んとことええ勝負な年季を感じさせよる木造日本家屋。露骨に拍子抜けた顔してもうた俺に気ぃ付いたんか「原型あるのは外観だけだよ」て夏希が苦笑いしよった。どないやねん思いつつも、勝手に沸きよる緊張押し殺すみたく、何や無意識に歯噛みしてまう。
ここへは仕事仲間やアパート住人も来たことあるらしいし、今日かて友達数人と行く言うたて聞いとる。更に母ァちゃんがニ日に来ることなった今、十中八九オトンはサーフィン仲間と呑み行っとるやろっちゅー話。
せやっても俺んとっちゃ元旦から好きな女の実家にお邪魔する事実には変わりない。手土産ぐらい言うたんやけど、慌ててぶんぶん手ぇ振った夏希に「いーいー! そんなんお父さん萎縮しちゃうよ!」言われた。
フクザツな心持ちの俺をよそに、カチャて鍵開けた夏希は手馴れた様子で玄関の戸を引きよった。そっからはただ、連れられるがまま靴脱いで、上がって、出された麻のサボサンダルみたいなスリッパ履いて。
庭側はケヤキか何かの渋い腰付ガラス戸、反対は何や所々に色付き和紙使うた変わった障子が続いとる縁側を、夏希の後に続いてペタペタ進んで。
ほんで真ん中辺りのひとつを夏希がスー開けてんけど――。
「うをっ……」
土壁基調の畳ん香り漂うそこが、いわゆるリビングダイニングにあたる空間やっちゅーんは、まー分かる。ただ、天井ブチ抜いたんか吹き抜けんなっとって。
正面の階段上った先は、欄干(室内バルコニーなんちゅう言葉は似合わん)付きの一面ガラス張りの廊下。でもって両脇に部屋があんのか扉が見える。
素材と雰囲気は完全『和』やけど、デザインっちゅーか、造りっちゅーかは何やえらいモダン。曰く、どない凝った設計しても実際住んでみいひんことには生活が見えて来えへん言うて、自分んちであれこれ実験しよるオトンらしい。
「あ、やっぱいないみたい」
あまりの不思議空間に放心しとったら、真ん中にドーン鎮座しとるアンティークな座卓にあった紙きれひらひら振って、夏希が言うた。
「……で、どーしよっか」
年も越した。目的地にも着いた。オトンはおらん。こっそり霊圧飛ばすんにしても日の出まで数時間……ほんまやな。
「オマエ、Tバックばっか履いとったら、近い将来無残に垂れてまうんちゃうかぁ」
「かなぁーでも私の愛用スエット、サポートガードル付きだよ?」
初詣行くか、酒でも飲みながらマッタリするか、仮眠取るかの三択。まーとりあえずひと息つこかーなって、一升瓶とぐい呑み持ってコタツがあるっちゅー2階の夏希の部屋に向うてるわけやけど。
ちぃとばかし急な階段の前を上る夏希のざっくりしたニットの下。トレンカ越しのケツのライン見上げながら、俺ん頭には要らん心配が過ぎる。
大体コイツは、流石に外に干したりはせんけど、バッチリ下着干しっぱな寝室に俺やら松田やらが入ってもぜっぜん気になれへんらしく。それてどうなん? 思て、いつやったか聞いたった時も。
「え、ひょっとして公害?」
「ドアホ! オカズまっしぐらや言うてんねんて!」
「あーあはは! 下着程度でオカズになるなら光栄だよー」
やら豪快に笑い飛ばしよった挙句に、そん口が言うたTバック愛好家な理由が全力で俺を卑猥妄想から引き離しよった。
「何か普通のパンツって、片っぽだけずれたりするとめちゃめちゃ気になるんだよね。だったら最初から無くていいしって感じ」
「……どーせそないカワイない理由やろは思うててんけどな」
確かにこの明け透けな性格が楽やねん、楽やねんけどな。男のロマンちゅーやつを、赤裸々過ぎる現実でもって片っ端からぶっ壊しよるんは如何なもんや思うわ。
オカゲサマで俺は、今みたいな光景見て「ええケツやなぁ」やら感心はしても、特に欲情せんくなってもうたやんか。脱いだ姿は別腹て信じたいわ。そないな日が来るかは別にしてもな。
“いつもありがとう”
ただ、何でかあないな時、プラス俺ん髪の毛触うてる時だけは、ぶっちゃけほんーまにヤバイ。付け加えるなら、さっきみたく抱き締めたった時に驚きはしても、まるで狼狽えんと大人しゅう俺ん腕に納まっとる夏希をコンニャロ思う反面、やっぱ素直に嬉しいなんか思う。
――何て呼んだらええんやろな、こん感情は。
「……ほんで、ここは三角部屋か」
階段上がって右奥が夏希の部屋、反対が目下南半球放浪中の弟ん部屋。下に両親の寝室と客間一室、プラスオトンの作業部屋兼事務所っちゅー仕組みらしい。
「あー殆どロフトだからねぇ。狭くてごめんね」
言いながら中入って、部屋ん隅のポールハンガーに向かい掛けた夏希が、不意にコタツの上ん箱に目ぇ留めてピタて固まりよった。
つられて何となしに見たら、箱の上には『今年のお歳暮』とだけ書かれたメモ。何やえらいジッとそれ見据えとるサマが妙やって「夏希?」て小っさく呼んだった。
「ぅあ、ごめん! ちょっと吃驚しちゃって、はは。あーそっかそうだよね……」
何やワケ分からんとひとり納得しながら
――どっか痛そに、笑いよった。
「っ! ……しん、じ?」
「何やねん、そん顔は!」
気ぃ付いたら俺は咄嗟に、背ぇ向けて2着のコート引っ掛けに行こうとしとる夏希の肩、かなり強く掴んどった。
「何で新年早々そない顔して笑わなアカンねん!」
振り向いた夏希の瞳が、ただならん俺ん様子をめっちゃ怪訝そに見つめとる。しゃーけど止められへん。
「理由なんかどうでもええ! 今日だけは俺ん前で無理して笑いなや!」
オマエんルーツに興味はあるけど、そない場所におってもいつも通り、何するでもなしにアホみたく笑いながら一緒おるんで構へん。
いつか、こないな時間すらオマエん中からはすっぽり失くなってまう。その現実に、耐える覚悟かてした。
分かってくれなんか言われへん。
言われへんけど、俺んとって現世でオマエと新年迎えたいうんは、むっちゃ特別なことやっちゅーねん。
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