強さと弱さ 4
……いかんいかんいかん!
衝動的に引かれた腕の強さとは対象的に、鼓膜に伝わる真子の心音は、トクン、トクンと穏やかなもので。
程好い力加減で埋められたそこの、ともすればトロンと瞼が降りかねない暖かさに、うっかり自分を律する気概までほつれそうになった。どうも気が緩みすぎている。
密かに自嘲していると、頭上から、ふっ、と淡い笑いが降って来た。
つられて顔を上げようとするも、ぐっと後頭部に手を添えられてしまった。
「……くくっ、オッマエは、ほんーまずるいやっちゃな」
「ずるい……?」
「ここっちゅーオイシイとこ、バッチシ持って行きよる。男の俺ん立つ瀬もへったくれもあらへんわ、ボケ」
まー今更やな、とかなんとか言ってひとり納得した挙句にケタケタ笑い出した真子。……なんーだこの激しい温度差。
様子を覗おうにも身動きを封じられてどうしようもない私は、ただただ真子の温もりと煙草の香りを堪能しながら眉根を寄せるしかなかった。
「あんなぁ、それ言うたら俺んとっちゃ逆やねんで。夏希は、さんっざん俺ん中ガー! 掻き回してから、めっちゃ涼しい顔ぶら下げて要らんモン根こそぎかっさらって行きよんねん」
「は!? ……〜〜〜っ!」
「いった! オマ、むりくり顔上げんなやぁ」
聞き捨てならない驚き余ってガバッと勢いよく上を向きかけたところ、見事に真子の顎にゴチンと頭突きをかましてしまった……が、多分、いや確実に私の方がダメージ大。くそう、シュッとしやがって、顎。
プチアクシンデントによって解放された私はベンチシートの真ん中で頭を擦りつつ、だが説明を求める! という風に真子の顔をまじまじと見つめる。
すると、何やらニヤついた表情になった真子からお返しと言わんばかりの返答がされた。
「上手いこと言われへんけど、俺にはそうやねんて。しゃーけど悪い意味ちゃうで?」
「ガー! 掻き回す、のに?」
「んあーそん過程も必要なんやろなぁ……何ちゅーか、何や自分でも気ぃ付かれへん内にガチガチんなってもうとった部分があってん」
曰く、直接ではないものの(この時点で意味不明)、そういう凝り固まった部分を私が一旦『ぐっちゃぐちゃ』にするそうで。
そうして浮き彫りになった要らないものを、最終的にはここ一番の一言でサラッと無くしてくれる、とか。
……困った、まるで悪い意味にしか聞こえない。
「うぉーい、むっちゃここ皺寄っとるでぇーなっちゃん」
「ぬぁっ」
とーんと眉間を押されてぐらついた私を笑う真子は、でも何だかやたら楽しそうで。
「しゃーから分からんでええねんて。気にせんとオマエはオマエんままおったらええ」
今ひとつ釈然としないものの、そんな様子で頭をぽんぽんされたものだから、まーいっか、てな気になってしまった。
「ほな、ぼちぼち行こかー」
……どっちがずるいんだか。
♪〜♪〜♪〜
皆さーん! 明けまして、おめでとうございまーす!
「あーい、おめでとうサーン」
さて、1時を回りましたねー! もう初詣などに行かれてる方も多いんでしょうねー! えーこの時間は、私DJ――。
「夏希の無茶ナビで一通地獄を絶賛運転中ですねん」
「あ、次、右ね」
抑揚の無い声でラジオと会話しながら軽やかにハンドルを切る真子を全スルーし、私は淡々とナビに勤しむ。
あれ以降、少し時間を置いたことでそこそこ流れるようになった渋滞をクリアした私たちは、目的地であるうちの実家まですぐそこという辺りまで来ていた。
「で、あの看板を右」
が、近所にわりと有名な神社がある為、路上駐車や参拝渋滞を懸念した私は、地元民御用達の裏道から行こうと提案。坂道と一通が多いが、慣れれば最もスムーズに辿り着けるルートであると共に――。
「うをっ、海や!」
「なかなかいいっしょ?」
高台からの下り坂に差し掛かるとパッと視界が開け、眼下に広がる海が臨めるという特典付き。灯台のある陸繋島へ続く入り江沿いの明かりや、停泊している漁船のそれが海面に映り込んで滲み、ポッと柔らかみのある夜景を作り出している。
再びハンドルの上で腕を組んだ真子は、乗り出すようにして景色を眺め「綺麗やなぁー……」と漏らしながら、ゆっくりゆっくり坂を下った。
「いやーええ眺めやったわ。……あーなるほど、あっこに出るんか」
「うん、でもその手前を左に」
「な、ひょっとして線路脇か?」
「うん、でもひと駅が短いしそんな煩くないよ?」
海沿いの国道の一本裏を走る私鉄の線路脇。父の事務所でもある些か風変わりな私の実家は、そこにある。
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