強さと弱さ 2
≫2342
ぼちぼち『行く年来る年』を見る準備でも、と思って普段あまり使わない携帯のワンセグメニューを開く。渋滞した国道をノロノロ進むまったりした車中、今更特番のカウントダウンテンションでもない。
でなくとも私は、あの静謐で厳かな雰囲気を味わいながら年を越すのがわりと好きだったりする。そう思うあたり、どんな髪型・格好をしようとも、やっぱり自分には純然たるこの国の血が流れている、ということかもしれない。
と、そこで手の中の携帯がブルブル振動。びくりとして「うぉうっ」と漏らした私は、左側から冷めた視線を浴びながら通話を押した。
「はいはーい」
「おー夏希! もう着いとるんやろっ? 終わったらすぐ行くからなっ!」
こちらとは対象的に耳をつんざくような音と、熱気をも思わせるガヤガヤとした喧騒。だがそれに微塵も負けない声量が、おのずと携帯と私の耳の距離を開かせる。
「それがさー! 渋滞にハマッてるんだよね! 事故があったみたいで!」
トランシーバーが如く、携帯を近付けたり離したりしながら声を張る。そんな私を、ハンドルの上で組んだ腕に顎を乗せた真子が、面白そうに覗っている。
「渋滞ぃ? どーせハゲの選んだルートが悪かってんやろ! 最後の最後まで難儀させられて、えらい気の毒やなぁー!」
「チィッ!」
まるでわざとなのではと錯覚するようなボリュームだが、とうに慣れている筈のそれにちゃんと反応する真子もまた、本当に律儀な性分だと思う。
ひよ里ちゃん、白ちゃん、愛川さんは、ローズさんが働く老舗のライブハウスにて、年越しライブと銘打ったロックイベントに参加しているらしい。
ちなみにリサちゃんと拳西さんは、私にとって未だ謎多きお方であるハッチさん(と愛川さん)のお宅でまったり酒盛り中とのこと。
ライブが終わり次第こちらへ向かうと言うひよ里ちゃん。大晦日で夜中も電車が走っているとはいえ、本当に大丈夫だろうか。
……とは思うものの子供扱いらしきには過敏な彼女、そのまま言おうもんなら私の鼓膜喪失は必至。
「ほな後でな! ええお年を!」
テンション高く元気いっぱいに告げられ、まぁ杞憂かと思い直したところで電話は切れた。
「誰と来るとか言うてたか?」
「え? ううん、言ってないよ」
そうかーい! と言いながら、んんーっと伸びをする真子に「代わろうか?」と申し出るも、危ないと一蹴された。前の車が、と。
もうわりと醒めたのになぁと思いつつ、大人しく再びワンセグを起動すべく携帯に目を落とした。てか真面目にどっから開くんだっけ。
あの夜、型破りなうちの家庭について知った真子は、目を丸くしながらも「はー!」とひどく感心した様子だった。
私の両親は共にバツ無しでいてマルも無いという、正真正銘の事実婚を通している。が、一年の殆どを別々に過ごしながらも、今も昔も二人は非常に仲が良い。
ちなみに長女の私は父方姓、買い付けを名目に海外を放浪しているバイヤーの弟は母方姓。揃いも揃って、店長のそれを凌ぐレベルの、紙一重な自由人。
――私を除いて、と思いたいとこだが。
「でも血は争えないって言うし、どうだろね」
「んあーそれなぁ……若干やけど、するで? 変人臭」
……だそうな。
私にとっては物心つくまで当たり前だった色々が、実はかなり世間とずれているという事実を知った時、多感な年端の子供としてなかなかの衝撃ではあった。
けれど特に不満を覚えたことも無ければ、もっと言うと私にはそれらしい『反抗期』というものすら無かったように思う。必要なかった、と言う方が正しいかもしれない。
海の生物に心酔し、水質・生態調査であちこち出掛けては海に潜り、地上ではセンターに篭るか、講義や学会に飛び回っている母。
陸上の人の暮らしに密接した建築に携わることを生き甲斐としている父。
今でこそ双方それなりに安定しているものの、その拘り精神が為に若い頃は不遇な思いを強いられることも少なくなかったようだ。
ただ、いかんせん元々が逆境にエキサイトしてしまう性分同士。苦労を苦労と思わない人種。娘目線にも、人生楽しそうだなぁと何度思ったことか。
そんな風に自らの人生というものを謳歌することに余念がない両親は、でも二人してかなり子煩悩なたちで、学校の授業参観などにはしっかり『待ち合わせ』をしてルンルンで現れたりしたものだ。
そうした奔放な生き様をあるがまま子供にも見せる、或いはそれは教育の観点からしたら遠く理解の及ばないものかもしれない。
けれど。
自ら設計した事務所を、母が愛する海の傍にと決めた父。調査で立ち寄った先で得た魚を父に食べさせようと、昼夜構わず高速をぶっ飛ばして来る母。
そんな二人の『選択しないという選択』もまた、ある意味一流の選択だと思うのは、やはり娘の贔屓目というやつなのだろうか。
「俺はええなぁ思うわ。二人の時はプラス1、しゃーけどひとりの時も1は1。ゼロやマイナスにはならへん感じやん」
「あー確かに二人で1だったらとっくに破綻してるだろうね」
「しゃーけど、ほんーまおもろい家族やなぁ!」
「あっはは、だろうねえ」
そんな風に言ってくれた真子と笑いながら、私の脳裏にはアケミさんの言葉が過ぎっていた。
“夏希の両親みたいな関係になれたらイイわね”
けれどそれが言うほど容易くないということを、私も、恐らくは口にしたアケミさん自身も、知っている。
二人でいても、1と1のまま。
あの頃、何かを間違えたことに私が気付いたのは、あの彼が金を置いて去った後だった。
- 83 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu