歯車は回る 9
「ならいいや」
「んあ!?」
雨音だけ溜まってくよな部屋で、揺れる振り子みたく自問する俺ん背に届いた、納得した風な夏希の声。耳ぃ疑うよなそれにガバッて首だけ横向けてんけど、夏希は何や妙にスッキリした調子で、良かった、やら言いよった。
……何がええことあんねん。
「ちゅーか俺、根拠も何も言うてへんねんぞ!?」
「うん、そだね」
「そだねてオマエ……」
あまりに飄々としとる様子に面食ろうとったら、寒なったんか「ちょっとケツ上げて」言いながら夏希がクイクイて布団引っ張りよった。
お、おぉ。やら言うてケツ浮かしながらチラて見てんけど、肩までモゾモゾ布団被りつつ、どした? みたいな顔されたやんか。
「言うといて何やけど……ちょおあっさり納得しすぎちゃうかぁ?」
釈然としいひん頭ぁボリボリ掻きながらドサてもっぺん腰下ろした俺ん耳に、思いがけへん言葉が飛び込んで来よった。
「……私だって信用してるんだよ? 真子のこと」
「!」
目ぇ見開いたまんま固まっとったら、まー今更か、て苦笑混じりの声が聞こえた。
思えば、直接言われるよりもっと前から、真子が私を信用してくれたと思える場面は度々あった。髪が好きだと宣言した時、状況見て間に入ってくれた時、多かれ少なかれ私の過去を知りながらも髪を委ねてくれた時、そして今朝。
仮に真子と会ってなくとも、どのみち仕事には行ってただろうとは思う。だけど彼の『気張れ』という言葉に、事実私は今日一日本当に助けられた。
そんな風に、いつだって真子は私の気持ちを優先してくれる。どれも、彼にとっては取るに足らないことかもしれないけれど。
“……もうならん”
まさかの断言に咄嗟に訝しんだものの、自分はあくまで「またああなった時は?」と聞いただけ、元より確かさを求めたわけじゃない。真子がそう言うなら、私はありのまま受け止めればいいや、と思った。
――大事なのは、結果の保証なんかじゃない。
「……今更、でもないで?」
「あ、そうなの?」
「おースッキリしてん」
「すっきり?」
近付きすぎた。関わりすぎた。甘えすぎた。
人間ちゃうから、期間限定やから、消える存在やから、話されへんことがあるから、死ぬ気でつけなアカンけじめがあるから、約束出来へんから、無責任やから……。
――言い訳なんか、もう沢山や。
そう思った途端、ようやっと俺んブーメランが自分の手に戻ってしっくり馴染んだ気ぃした。
“理屈ちゃうやろ”
「……俺なぁ、意外にこのアパート気に入ってんねん」
「へ!? ……あぁそう、なんだ」
「川沿いに桜あるやろ? 密かにあれも楽しみやねん」
「あっ! まさに『絶景かな』だよ、5階の醍醐味!」
唐突な話題転換にえらい吃驚しよったものの、桜の話した途端にうっとりした声出しよった夏希の単純さには、ちょっと笑けてまう。
「ぷっ……ほんで、ちぃとばかし立て付け悪いレトロな上げ下げ窓も好きや」
「あー私も!」
「せやっても夏希に毎日会いたいかっちゅーと、ぶっちゃけそうでもないねん」
「え、あー……あはは、私も」
先に言うたん俺やっちゅーんに、そこは何やちょびっと気まずそに苦笑しよんねんな。
「しゃーけど俺、夏希が好きやわ」
気ぃ遣いーで、強情で、髪フェチで、自分んこと引き上げる強さかて持っとるくせにどっか抜けとって、アホみたくノって、よう笑う。
――オマエは俺んとって、支えたなる存在やねん。
- 80 -
[*前] | [次#]
しおり
ページ:
章:
Main | Long | Menu