すきま風 2
「……あっぶなぁ! 何いきなし瞬歩さしとんねん、あのボケ! ちゅーか何や『思い出ストーカー』て。まぁた夏希語か? 意味わかれへん……」
やばい思てバッと移ったアパート屋上。バクバクやった心臓がやっと落ち着いてきよったとこ、よう知っとる煙草の匂いがして来よって胸が焦げるか思うた。
……数ヶ月前までは、ほぼ毎日嗅いどったんになぁ。それでいて髪も体も全然臭ないし、寧ろアイツからは到底考えられへん甘い匂いがすんねんよな。
あー
夏希の匂い、嗅ぎたいなぁ。 髪も洗て貰いたいわ。
女々しいいうんはまさに男の為にある言葉なんやろな。あの日と同し、こない月の見えへん新月の夜は何や無性に胸がざわついてしゃーないて。情けない思いながらも、こっそり夏希の顔見に来てまう。
今日こそ今日こそ思うては毎回持って来とる記換神機。しゃーけどやっぱし、使われへん。ほんま勝手な我儘や思うけどな。夏希の中で俺との1年が無かったことになるなんか、どないしても耐えられへんねん。
「先週な、一護っちゅーガキが俺らんとこ来よったんやで。まぁたこれが難儀なヤツでなぁ……」
――何でやろな。
こんなん要らんことやて分かっとる。せやのにあの頃言われへんかった話も、何でか今は言いたあてしゃあないねん。
この1本吸い終わるまで、そう決めた煙草もいつの間にかギリギリまで短なってた。
さくっと消して宙へ上がった俺は、気ぃ付かれへんよう注意しつつ夏希の部屋の窓ん脇まで降りてみる。
「あーあーまぁたカーテンも閉めんとそこで落ちとんのかい……ちゅーかどこのオッサンやねん」
部屋着姿なりよった夏希が、冷酒の小瓶片手にソファですやすや眠りこけとる。
……ほんーまオマエは、ずるいやっちゃなぁ。ポン酒片手に口ガー開けもせんと、何でそない綺麗な顔して寝れんねん。
ほれ見ぃ。
無防備なオマエん所為で、毛布ひとつ掛けられへんこの手がムズムズしよるやんか。
「……一週間、お疲れサン。明日は火曜やし、ゆっくり休み」
空座町の外れ辺りまで戻った時、一発でそれて分かる霊圧を感じて思わず笑うてもうた。案の定、ちょっとして死覇装姿のオレンジ頭が屋根伝いに向うて来よるんが見えて――。
「平子! お前どこ行ってたんだよ。ひよ里のヤツ、飯が片付かねぇってめちゃめちゃ怒ってんぞ!」
「ほーか、そらすまんかったなぁ」
俺ん霊圧が妙な方向から現れたんがよっぽど腑に落ちひんみたいやんな。皆なの待つ廃倉庫への道すがら、いつもの仏頂面でこっちの顔色チラチラ覗ってきよる。
「霊圧まで消して何してたんだよ、今まで」
「おー、ちょっと思い出ストーカーしててん」
「は!?」
素っ頓狂な声出しよった主を尻目に見たれば、ふっと靡いた俺ん髪が視界に入りよった。
「……なぁ一護。俺、髪伸びた思うか?」
「人の話聞けよ! つーか俺が知るかよ、んなこと」
「ハハ、そらそーやんなぁ」
カカカッ、なんか笑た俺がスッて前出たると、何や気色悪いモン見るみたぁな視線を背中にビッシビシ感じる。……ま、こないしてアイツん顔コソコソ見に行くんも今日で終いや。
なぁ、一護。
全部カタぁ付いたらオマエもいっぺん、そのぼっさいオレンジ頭どうにかして貰い。夏希は髪フェチの変態やけど、腕だけは俺が胸張って保証したる。
「何や妙に冷えるなぁ、今夜は」
「……そーか?」
――しゃーから俺もお前も、絶対死なれへんねんで。
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