歯車は回る 8
フローリングのつぎ目やない場所にほんのり残っとる、年月分けよる長方形の日焼け跡。
ちょっと乾いた、何や痛々しい笑い零しよった夏希が腰掛けたベッドん縁。
降ろした足先。まんま横幅だけせり出したみたいなそれから、俺が知らん頃の寝室を想像するんは容易かった。不自然なくらい過去が欠け落ちた夏希の空間で、それはやたらリアルな痕跡やった。
しゃーけど。未だ膿んどるかも分からんこの子の傷、刀の切っ先で抉るよな直球投げといて。色々聞かれそなこの空気に、めちゃめちゃ身構えさしといて。
何や俺、スッキリしてもうてる。
もっとぼやっとした色々がぐるぐる頭ん中回っとった気ぃするし、それなりに覚悟決めて聞いたはずやってんけどなぁ……。
「……そうかい」
「へっ、終了!? ゲホッ、コホッ……」
「あーすまんすまん」
案の定おもくそ拍子抜けしたんか、風邪っぴきの夏希に素っ頓狂な声出さすわ、むせさせるわ、どんだけド阿呆やねん俺。
駆け寄って背中さすりつつ、とにかくひたすら「スマン」。そないな俺を「大丈夫」みたく掌で制しつつも、ンッンーて夏希の咳ばらいは続く。
「ちょお水持って来るな」
――やっぱ、夏希には似合わへん。
ハタ目にもそんだけの要素は充分揃うとるし、相応に苦しんだり、悩んだり、想像つかんけど泣いたりなんかもして来てんねやろな、とは思う。
“それって凄く、凄いこと、なんだよね”
思うけど、少なくとも俺の知る夏希と『恨み』なんちゅーもんは、どないしたっても結びつかへん。しゃーけど万が一、万が一俺の知らんとこで夏希がひとり、そないなもん燻らしとったとしてや。
俺ん中のそれと夏希のそれが無意識に引き合うてんねやったら。
それを羅武が感じ取って俺と似てるなんか思うてんねやったら。
そないに不毛で虚しいこと、ないやんか。
しゃーけどやっぱ、ちゃあんと色んなモン止揚昇華して今の夏希がおるんやて実感したわ。俺はただ、そない意味での『NO』を夏希の口から確認したかっただけやってんな。
俺もちゃんと、終いにせな。
キッチン向かう俺ん中に、はよケリ付けたい思いがむくむく沸いとった。
グラスを手に俺が戻ると、上体起こしたまんま立てたヒザ布団に潜らしとる夏希が、未だ雨が這っとる窓をぼやー眺めとった。
「あーごめん、ありがと」
「おっ、何や聞き分けええ子やんな〜」
「ちょ、ん゛わ゛ぁぁぁ……」
薬を手ぇにスタンバっとった夏希の頭ワシャワシャしたったら、何や猫型ロボット的なダミ声漏らしよったやんか。
「ぶっ、どないやねん。ポケットから何か出すんか」
「……グルメテ〜――」
「やらんでええ」
「……チッ」
「チッ、しなやアホ! ちゅーか何でそのチョイスやねん。今さっき飯食うたばっかしやぞ!?」
「やーひとりの日も『真子飯』や『ひよ里ちゃん弁当』食べられたら素敵だなーなんて……」
「ハァ? そんなん遠慮せんと連絡してきたらええだけの話やんけ」
何の問題があんねん言うた途端、夏希の眉がぎゅー寄った。
「……またこないだみたくなった時は?」
「っ!」
……ハッ、何やまた同しかい。
今回はどうやら、夏希もなぁなぁにする気ぃないみたいやんな。
「……もうならん」
「言い切るんだ」
「おー言い切ったる」
訝しげな顔で黙りよった夏希をチラて見てから、ふーて息吐きながらポスてベッドん縁に腰掛ける。
“俺にとって、何……?”
“俺んとって、夏希は――”
背中に夏希の視線感じながら、自分が口にした言葉が渦巻きよる頭をゆるうく振った。
――アホか、無責任過ぎんねんて。
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