歯車は回る 7
雨がパツパツ窓を叩く中、暖かいシチューを啜りながら、私と真子は他愛のない話をとりとめもなく交わしていた。アコギがそこそこサマになって来ただの、今日の営業がどうだっただの、ここんとこ天気冴えないね、だの。
――あたかもこの2週間など存在しなかったかのように。
しかし頭の片隅に引っ掛かっていた為か、程なくして私の挙動に真子から、でも随分と暢気な指摘が飛んできた。
「何やオマエさっきから時計ばっか見とんなぁ。見たい番組でもあんねんか?」
「え? あー……ねぇ真子、さっき本当はどっか出掛けるとこじゃなかったの?」
「ハァ? オマエへの見舞い品持ってどこ行くっちゅーねん」
……確かに。
思いっきり片眉を上げた訝しさ全開の真子からも、特に繕っているようなフシは見受けられない。そうだよね、と苦笑を零した私は、空いた食器を手に立ち上がろうとする真子の後に続こうとした。のだが。
「オマエの仕事は何や」
「……風邪を治すこと」
と、既にパターン化されつつある問答によって、渋々上げ掛けた腰を戻すはめになった。
「わっ!?」
ひよ里ちゃんにお礼のメールをしようと思い立って携帯片手にソファで胡坐を掻くと、突如頭上から紐状の何かが降ってきた。少し細身のナロータイと呼ばれるそれは、グリーンに白かと思いきや実はうすーいピンクの細かい――。
「みずたま可愛い……」
「んあ!? アホか、ドットやドット! そのへん放っといてや」
訂正されると同時にジャーという水音。次いでかちゃかちゃと食器のぶつかり合う音が鳴り始めた。二つ折りにしたそれをくるくると巻きつつ無数の『ドット』を見ていたら、「あ、薬」と思い出して私は寝室に向かう。
――そうだった、しかも片付け途中で真子が来ちゃったんだった。
デスク半分に残った封筒たちを、順番を確かめながら元あった引き出しに丁寧にしまって行く。
ひと度決めたからといって、早くカタを付けてしまいたい気持ちのままに開封儀式に及んだ自分は、いい加減頭が悪すぎるか、どうかしてたと思う。
バイオリズムとでも言うべきか、同じ内容を読むでも体が弱っている時に受け止めるには、どうにも重た過ぎる。便箋から浮かび上がる感情に引きずられようもんなら本末転倒じゃないか、と今更ながら笑ってしまう。
と、コンコンとドアを叩く音で我に返る。
「うをっ!」
「……何を叫んでんねん。なぁ、換気扇ん下で煙草吸わして貰うてええか?」
言いながら真子がガチャと扉を開けるのと、大慌てでその束を投げ入れた引き出しをバタンと私が閉めたのは、ほぼ同時。
「……」
「……」
「……何か隠したやろ」
「やーその、まぁ……」
じーと見て来る真子の半目に映る私は、きっととんでもなく酷い引き攣り笑いをしているに違いない。
「はぁ、まぁ別にええけ、ど……?」
俯いてガシガシと頭を掻きながら大きな溜め息を零した真子の視線が、ピタと床の一点に止まった。何だろう? とつられて同じ一点を見た私は、すぐにあぁと合点がいったものの「え、今更?」と思う。
「前に入った時に気付いたかと思ってた」
「あー……まー床なんかそないよう見るもんでもないやろ」
確かに、もうパッと見ただけでは分からないくらいにはなってきている。だが打って変わって何だか気まずさが逆転していることに心なし申し訳なさを感じる。
しかし別に『それ』を隠した覚えはないしなぁと思うと、どうも続ける言葉が見付からない。
と、ぼんやり『それ』を見つめたままの真子の口から、低く、何か意を決したような声が発された。
「1個、聞いてもええか?」
そこで顔を上げた真子のいつになく真剣な目つき。私は何を聞かれてもいいよう身構えるべく小さく息を吐いた。
「うん?」
「……恨んどるか? 元彼んこと」
ドッドッドッと早鐘を打つ心音を抑えるよう軽く呼吸をし、つい、と再び在りし日の痕跡とも言える日焼け跡を見遣った。
――恨む?
「……ははっ、まさか」
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