歯車は回る 6
「あーせや、シチューあんねんけど食えそか? 一緒食おーや」
「でも、うつしたら悪い」
「アホか、俺はオマエと違うてウイルスなんかに負けるヤワやないっちゅーねん。冷えるとアカンから先入っとき」
ちょお強引なんも承知で、言いながら俺は自分の部屋のドア開けてすぐにバタンて閉めたった。
「……」
うーわ、今んは過去最高に危なかったでぇー!
雨音ん所為か、夏希がゆっくり上っとったからか、そん両方か。どっちにしろ、足音せえへんからってほんま迂闊やった。もうちょい夏希が早かったら完全アウト。
閉めた扉に寄っかかったままふー息吐いた俺は、つい、て右手のビニール袋に目ぇやって思わず笑うてもうた。
「夏希ー上がるでー!」
何やめっちゃ久々に感じるなぁ思いながら言うたら、廊下先の扉がガチャて開いてんけど。出て来た夏希の姿見た途端、俺は素ぅでめいっぱい吹いてもうた。
「ぶっ! オマっ、どこのチビッコギャングやっちゅーねん!」
「やーこれ前に弟からお土産で貰ったんだけどフッツーに海外サイズで……でも起毛がいい感じに暖かくてさ、はは……」
いつもはストレッチ効いとる感じの夏希サイズスエットやねんけど、今日は中で泳げてまうんちゃうか? いう勢いの上下だーぼだぼ。
何やちょっと気恥ずかしんか夏希は余った袖ぶんぶん振り回しながら、中もちゃんとヒートテックだよ? やらワケ分からん防寒自慢してヘラて笑いよった。
……あいっかわらずアホやわ。
そないな様子に呆れつつも、あの何とも言われへん空気吹っ飛ばしてくれたった夏希の風邪には、ぶっちゃけ感謝やな思うた。
「ほれ、見舞い品やと」
鍋ぇ温め直しとる間に、俺は持って来た袋ん中身をローテーブルん上に出したった。初めえらい吃驚しよった夏希やけど、それらが何かを確認した途端、案の定おもくそ爆笑しよった。
今日の昼、夜行くいうひよ里のメールに夏希はやっぱし「うつしたら悪いからゴメン」かなんか返信しよったみたいで。
何を勘違いしたんか知らんけど「夏希がヤバイ!」てえらい焦って俺んとこに電話があった。しっかもあのボケ、朝んこと話したった俺に「何で止めへんかったんや、この薄情ハゲが!」やら言いくさりよった始末。
まーほんで夕方アジト行って渡されたんが――。
りんご2個、健康ドリンク1本、団子1パック、ブリッヂの9巻。何や絶対かぶって買いよったやろ言いたなんのが混ざっとるけど、ここまではまーまだマシや。
70年代メタル系CD、濡れ場評価付き洋画DVD、何や肥満項目にめっちゃ付箋ついとる生活習慣病の予防本……最後のやつ、あげてもええちゅーことは効き目あれへんのとちゃうんかい! 何やねん、このカオス!
「アイツ、何の説明もせんと『各自何かあげられるモン持って来ぃ!』言うたらしゅうてなぁ。まー堪忍したってや」
「あははは、楽しすぎる! いやーめちゃくちゃ嬉しいよ。会ったことない人からも頂いちゃって申し訳ないくらい」
ちょっとしてコトコトコト……いう、ええ感じに煮え始めた音に反応して立ち上がり掛けよった夏希。それを制して鍋へ向うたら、カウンター越しにつやつやした赤いりんご持って嬉しそに微笑んどる姿が見えた。
「「いただきまーす」」
テーブル越しに向き合うて合掌。すぐさまスプーン潜らせよった夏希は「おーほうれん草入ってる!」やら言うてほくほく顔。そない無邪気な様子に、ふっ、てちょっと笑うてから、続いて俺もスプーン口に運んだ。
瞬間しよったガタン! いう音。
「ぅあっつ! ……プハー! ったく、吃驚させんなやぁーキスケぇ」
例によって急に寝室んドア開けて現れよった夏希の旦那ん所為で、ビクッてなった拍子に一気に啜ってもうたやんか。焦ってグラスに口つけた俺をくっくくっく笑いよる夏希。そこで俺は密かに気になっとったことを聞いてみた。
「なぁ、アイツ足悪いのに大丈夫なんか? あの技」
「あーふふ、あのね、猫にもプライドがあるんだよ」
「は?」
意味分からんと呆ける俺に、夏希はちょっと自嘲気味に笑いながら、実は最初の頃に腹にハゲこさえさしてもうたいう話をしてくれた。
ただでさえ猫と暮らすんは初。その上ハンディありっちゅーんで夏希も慎重なりすぎとったとか。しゃーけど1歳半くらいまでノラやったキスケんとって、過剰に気ぃ掛けられんのがストレスなってもうたようで。
人間と同し、猫かて自分の裁量で動きたいんやでーって獣医サンに言われて、あー何や結構放っといて大丈夫なんや思うたらしい。
「……なーんや、誰かサンとそっくりやんなぁ?」
「え? あーあはは……いてっ。ちょ、脳揺れたし!」
アハハやないっちゅーねん言うてデコぺちんハタきながら、やっぱし「帰りも背負うたろか?」なんか言わんで正解やった思うた。
しっかり自覚さしてん、ほんまにアカンかったら連絡して来よる。夏希の気持ち汲んで行かしたったからには、きっちり終いまで信じたんのが筋やんな。
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