歯車は回る 3
「おーし、フード終わり! 表消したら一服していいぞ、真子」
「うぃーす」
未だチワワちゃんと気まずいんは確かやけど、何やかんや俺は土曜の夜のバイトが好きやった。ジャンジャンひっきりなしに入るオーダー。無論、厨房は戦争や。
しゃーけどそれぞれ一週間、何かしら気張ってきた肩ん力抜くみたく、食うて、飲んで、笑うて。そないしてきっちり空んなった皿がバンバン戻って来るサマは見ててかなり爽快やねん。
満卓の店内、ドリンクのラストオーダー聞いて回るチワワちゃんの脇通って、俺は表の照明落としに店ん外へ出た。
「うわ、さぶっ!」
暖房要らずの厨房おった所為か、身ぃ切るよな外との温度差のあまり思わず首がすぼまる。空には何やチョンて突ついたらザー来るんちゃうか? 思うよな分厚い雨雲が立ち込めとる。こらちゃっちゃ閉店作業済ましてアパート戻って即風呂やな思うた俺は、照明落として腕ぇ抱きつつ厨房に戻った。
「ほいお疲れ。そういや最近なっちゃん来ないなぁ、元気してんのか?」
「あーすんません。いや、ここんとこ俺も会うてへんのですわ」
換気扇下、ビールケースに座って煙草吸うとったら、チーフがちぃとばかし早い『お疲れビール』を差し出してくれはった。
「まー来づらいとかあんだろなぁ。俺は淋しいけどー」
「ハハッ、お気に入りや言うてましたね、 夏希のこと」
「だって可愛いじゃんよ」
ええ年してめっちゃダラしない顔晒してもうとるでーいう呆れた視線投げたったけど、チーフのこないマイペースなとこには何やホッとする。
……淋しい、そういうんとはちゃうねんなぁ。
ここ現世において元より俺らは異質、言うたら規格外な存在で。夏希は、期間限定のお隣サン。その夏希と2週間やそこら会われへんことは今までかてザラやった。寧ろ会いたない思とった時期すらあったぐらいや。
安心やら平和やら。そんなんが存外あっさり終わってまうモンやいうことなんか、もう腹ぁいっぱいっちゅーくらい知っとる。憶測やけど多分、夏希も。
“理屈ちゃうやろ”
しゃーけど、何や自分の言うたことがまんまブーメランみたく、日ぃ追うごとゆっくりゆっくり俺に返って来とる。そないなもんに気ぃ付いたらアカン思う一方で、このまんまは嫌や思うてる自分も、確かにおって。
内在闘争ん時はあないお喋りサンやったくせに、こないな時には何も言うてくれへんねんな。やら、お門違いは百も承知で、静かぁに傍観決め込んどる俺ん中の内なる虚にコッソリ悪態吐いたりもした。
アパート戻る途中、出し惜しみしとるみたいな小雨がパラパラ降り出してんけど、駐輪場に夏希のチャリはあらへんかった。久々の午前サマか、或いはまぁた買い忘れかなんかでコンビニでも行きよったんか。どっちにしろ帰りは止んどるとええなぁ? 思いながら俺はシュッと5階まで上がったった。
しゃーけど結局、そのどんよ〜りした雨雲はそれから数日間、見事に滞留したまんまやった。
パツ、パタパタパタ……パツパツ、パタパタ……
「んぁぁあ゛っ! ったく、ウルサイんじゃボケぇ!」
月曜。せっかくの休みで集まりも夕方からやっちゅーんに、朝っぱらから窓を叩きよる雨音に見事に起こされてもうた俺。しっかも難儀な習性かなんか知らんけど、一旦気になってまったら最後、もうアカン。
無駄足掻きみたく布団ん中であっちゃこっちゃ向いてみてんけど、一向に二度寝出来る気がせえへん。リビングのソファやったら方向的にいけそな気もするけど、そこまで行く間に寒さで完全覚醒してまうに決まっとる。
「チッ、しゃーないのう。久々に朝メシでも食うとくか」
仕方なしにのそのそベッドから這い出てリビング行って、「ほれみぃ両目ともパッチリや!」やらブツブツ言いつつ一服。ひとり暮らしは独り言が多なるいうんはほんまやなぁ思いながら、とりあえず歯ぁでも磨くか思て洗面所へ。
ぬぼーっとした自分ん顔見ながらシャコシャコしとったら、ふとハッチのことキスケに報告しとった夏希を思い出して、ぶって笑うてもうた。
――時やった。
ガコン!
……何や今、玄関の外から鈍い音響いたよな?
口ゆすいでドア直行。スニーカーつっかけてガチャて開けてみた。
「は……? どないしてん、夏希」
見たら何や自分んとこのドアを背に、夏希が頭さすってへたっとるやんか。
「ったー……あ、ジャージだ」
起き抜けの俺んこと見てヘラて笑いよった夏希の顔見た瞬間、俺は咄嗟に駆け寄っとった。
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