歯車は回る 1
「でね? ボーナスも入ったことだしピコカラーっていうのをやって貰いに行ったの! だけど久しぶりに『仕事モードなっちゃん』見たもんだから思わず笑っちゃったわよーでもやっぱり私アジール好きだわぁ! 皆な気さくで会話も楽しいしーそれに――」
……つくづく適材適所や思う。
ハーモニカ星人の正体が保険の外交員、いわゆる『生保レディ』いうやつやて知った時、これ以上ない天職やん思うた。しゃーけど慣れると見っかるらしい切り込み口も未だ俺にはサッパリ。今みたくキャッチボール以前の状態なったら契約かて取れへんちゃうか、やら要らん心配までしてまう。
ちゅーか、それよかどないして解放して貰うかやな。ええ加減寒うてしゃあないわ。上空寒そやなー思てわざわざ下まで降りたったものの、こんなんやったら素直に空から行くんやった。
そんなん思いつつ何となしに目ぇ向けた駐輪場は、いつも通り隅に一台分のスペースを空けとる。
「――というわけなのよーねぇ平子さんは……あっ」
ふと、上ん方の何かがパッて点いた気配につられて見上げたら、張サンとこの窓の電飾やった。試し点灯なんかニッコニコの張サン。どうですかー? 言うてぶんぶん手ぇ振ったはる。
「ぶっ……ええ感じやでー!」
「夏希サン、お店の余りくれたね!私の窓ピカピカね!」
不思議なもんや。
12月入って、隣の駅周辺もクリスマスムード一色いうやつになりよったものの、俺はその妙に浮き足立っとる感じにゲンナリする毎日やった。行き交う人間、どいつもこいつも変にテンション高なっとる顔ぶら下げとるし、何や街全体そわそわしとってほんま落ち着かれへん。
しゃーけど、俺が「外からも分かるようしたれや」言うて窓に並んだ『張鍼灸院』の文字。そん枠をピカピカが縁取っとるっちゅーアンバランス具合は妙に俺をほっこりさしてくれよった。
せやのに。
「ほな俺行きますわ」
すっかり話し込み出しよったふたり見て、今しかあれへん! 思て切り出してんけど。
「えっ? あ、おやすみなさい平子さん」
“……おやすみ”
斉藤サンの何気ない挨拶が、俺ん中のどっかズキッてしっかり軋ませよった。
せやっても今はまだ、何でもええから理由が欲しかった。
――腹ぁ括る時間と、その為の理由が。
「おーす」
「よぉ、今日も来たのか真子。珍しく随分と夢中だな」
ポストコ行った翌日、ローズがバイト先のライブハウスの人に古いアコギを貰うたて聞いて。ほなバイト行っとる間触らしてくれやー言うて、ここ一週間ほど俺は毎夜ローズと拳西のマンションに足ぃ運んどる。
夏希と会うたことあらへん拳西は勿論、幸いひよ里も俺がアコギにハマッとるて信じ切っとるみたいやわ。
ぶっちゃけ言うほど興味なかってんけど、試しに買うてみたジャズのコード譜見ながらボロンボロンするんは中々ええ気晴らしんなった。濃厚で甘ったるい曲ん表情ガラて変えてまう乾いた音も、案外心地ええもんやった。
「なぁ真子、やっぱ夏希って女に白を会わせんのはマズイのか?」
「んあ?」
黙々と筋トレに励んどった拳西ん声に顔上げたら、いつの間に休憩しとったんか、螺旋階段座っとる俺ぇ目掛けてシュッて缶ビールが飛んで来よった。
……何ちゅー地味な嫌がらせやねん、暫く開けられへんやないかい。
「ひよ里に絶対ダメだって言われたらしいんだが、リサも会ったんだろ? 自分も会いたいって最近うるさくて堪まんねぇんだよ」
「しゃーけど流石にプロやからなぁ……たまたま見てもうたハッチんことも『ピンクのおじさん』や言うて仰天しとったし……」
今考えると最初連れてった時、ほんま留守で良かった思う。それすらもう、随分昔のことみたく感じてまうけどな。
「なるほどなぁ。なら俺はどうだ?」
「あーオマエ……って、ハァ!?」
今んは聞き間違えか? て自問しとる俺を見向きもせんと、腕にテーピング巻きながら平然と拳西が言いよった。
「銀髪ぐれーなら、ギリ大丈夫なんじゃねぇか?」
「え、なに? 白はともかくオマエまで興味あんねんか? 拳西」
「そりゃお前に似てるとか聞いたら多少は沸く方が普通だろ」
……何やて?
あまりの驚きにカッパー口開けとったら、およ? みたぁな顔しとった拳西がニヤて不敵に笑いよったやんか。
「なんだ、『知らぬは本人ばかりなり』ってか?」
“俺からしたらえらい納得だけどな”
――つまり、そういう意味やってんか? 羅武。
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