近くて遠い 10
「こんにちは〜!」
「おお、こんちはー」
「……どーも」
「わぁ、セーラー服懐かしい! 若くて羨ましいなぁ。あ、私平子くんと同じ店でバイトしてる――」
……勘弁しろや。
仲間と来とる言うて『空気読めやビーム』めっちゃ飛ばしててんけど、しゃあしゃあと外掘り埋め戦法に出られてもうた。羅武はともかく、リサの『誰やねん霊圧』がみるみる増幅しとる。
チーフも言うてた通り、ほんまピラニア級に見上げた根性しとるわ、この子。その気は無いなんか、俺はあれから何べんも言うてるんやけど「今はでしょ?」やら言うて全く引いてくれる気配が無い。
「忘れられへん女がおるんや……」
「好きな女が……出来てもうてな」
試しにそない役者顔負けの演技なんかもかましたったんやけど、てんで効果なし。ぶっちゃけ、もーこの際バイト変えてまおかぁ? 思うたりもした。
しゃーけど他にこれっちゅー不満もあらへん現状。そない理由でコロコロ変えとってどないすんねん思い直して。シフトかぶんの土曜だけなったし、その内熱も冷めるやろ、いや寧ろ冷めてくれ願うててんけど、どうもそうさらっとはいかんらしい。
ちゅーか、頼むからリサの要らん好奇心が覚醒せん内にジブンのツレんとこ戻ったってくれや。
「おーい! ハゲしんっ……」
「っ!」
うーわ何やねん、こん最悪なエンカウントは! この子が必要以上に夏希に過敏なっとるなんか、今やもう俺ん店で知らんヤツはおらんぐらい明白やっちゅーんに。
「……そっか。今日、火曜日だもんね」
オマっ、何を目ぇから出してんねん! アレか? 総隊長サンの申し子か!?
もしもーし、ワナワナ系の声出てもうてるでぇ? 思て、怖いモン見たさみたいなんでチラて横見たら、何や秋刀魚でも焼けそな目ぇしとるやんか。
――やら思うててんけど。
「何でかなぁ……」
「は、何が?」
夏希たちの方見たまんま、尚も震えた声で何やうわ言みたくチワワちゃんが呟きよってん。
「私、さ。あの夜ラウンジで会うまで、本当に川村夏希さんに憧れてたんだ……」
それ聞いて夏希の方見たら、何やビミョーに緊張したよな表情でチワワちゃんのこと見とった。しゃーけど、心なし何を見てるんか分からん目に見えんのは俺ん気の所為やろか。
「飾らない人だって私も知ってる。いつも『ご馳走様でした』って満足そうに言ってくれるし……そんな素朴なとこも、色々あったのに頑張って美容師さん続けてるとこも含めて、人並外れたオーラの通り素敵な人だなって……そう思ってた」
「……そうかい」
「なのに今はあの人が妬ましくて、どうしようもないの……」
……憧れほど妬みと紙一重な感情なんかあらへんからなぁ。
俺はこん時、ええ加減めんどい思てんのに、何でこの子んことそこまで邪険に出来へんのかようやっと分かった。いっそ清々しいくらい、めちゃめちゃ自分に正直やねん、この子。
好きなモンは好き、イヤなモンはイヤ。
そない剥き出しの感情が、俺には何や眩しゅうてしゃあなくて。
ここんとこ完全逃げに徹してしもうててんけど、かえって残酷やったかも分かれへんな。
――不始末言われて当然、か。
「あんな、チワワちゃん。俺んとって夏希、は……」
そこで不意に、今まで隣しか見えてへんかったみたいな夏希の視線が、つい、て横にズレて俺んそれと重なった。
「……っ!」
瞬間、俺は今まで感じたことないよな居心地の悪さに襲われた。キャップ下の夏希は、非難は勿論、憂いも、苦笑も疑問も無く、ただ事実を見てるだけちゅー真っ直ぐな目ぇでこっちを見とる。2、3秒か、もっと短かったかも分からへんそれに、どうにも居た堪れへんくなってもうて。
スッて、視線逸らし掛けたら
それに続くよう目ぇ逸らしよる夏希が、スローモーションみたく視界隅に映った。
10メートルも離れてへん夏希との間に、一瞬にして途方もない距離が生まれた瞬間やった。
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