近くて遠い 9
「どこ行くの?」
「ええからちょっと来ぃ」
電話で言われた場所に行くと、何やら少々顔を俯かせてまごまごしているひよ里ちゃんがいた。リサちゃんは? と聞くと、私たち同様一旦車に荷物を置きに行った旨を、例によってやたらつっけんどんに言われた。
と、急にガシッと私の腕を掴んだかと思えば店内を縫うようにぐんぐん進み始めた彼女。何だ? と思いつつ、それ以上余計な詮索はせずに連れられるがまま黙ってその後に続く。
そうしてやって来たは衣料品売り場、のキッズコーナー。
その一角へとずんずん進み、不意にピタと止まったひよ里ちゃんは、脇に積まれている中からニ着のコートを両手に取って私の方を向いた。
「どっちや!」
……はっはーん。
概ねその心持ちが読めた私はニヤけないよう顔に力を入れつつ、ずいっと突き出されたニ着を受け取り仁王立ちするひよ里ちゃんにひとつずつあてがってみた。
ひとつは赤系ギンガムチェックのブルゾン、もうひとつは茶系タータンチェックのボア付きダッフルコート。
「んー……ちょっと羽織ってみてよ」
「イ、イヤや!」
「何でよ、着る為に買うんでしょ? それともその辺の人にどっちが似合いますー? とでも聞く?」
「〜〜〜っ」
ぶっすーと露骨にむくれた表情になったものの、その頬っぺたはほんのり赤い。なんだ、この可愛い生き物は。
緩みそうになる口元を慌てて引き結んで彼女の背後へ回り、ほら、とまずはブルゾンに袖を通すよう促す。そうして半ば強引に鏡の前に立たせてみれば、その眉間にはものっそい皺が寄っている。
が、そんなものは見えていないとばかりにスルーした私は続いてダッフルを差し出し、じゃ次こっちとサクサク進めた。
ともかく試着(羽織るだけだけど)が恥ずかしい! ひとりではもっと嫌! かといって知らない人に聞くなんて言語道断! なのだ、ひよ里ちゃんは。
「おっ、可愛い! ……って、何で睨むのさ」
鏡越しに堂々メンチを切ってくるツインテ娘に呆れつつ「こっち」と告げるも、何の反応も見せずじーと真顔で鏡の中の自分を見つめている彼女。
「しっくりこない? でもブルゾンの方はちょっと『子供っぽく見える』よ?」
そう言えばすぐに私の手からブルゾンをひったくって元に戻し、左手に脱いだダッフル、右手で再びむんずと私の腕を掴んで来た道を戻り出す。
ぐいぐい引っ張られながら周りをキョロキョロしていると、ふとあるものが目に留まった。カールクリップがあるか見てくると言ってひよ里ちゃんを先にレジへ行かせ、ひとり私はそそくさと美容雑貨コーナーへ足を向けた。
「はいこれ。ごめんね、素のままで」
「あ……?」
耳上あたりを指さしながら、私はハテナ顔のひよ里ちゃんにくり抜きの星がちょんとついているシンプルなヘアピンセットを渡した。
「いつもしてるのも可愛いけど、コートも買ったことだし良かったら気分転換に。試しにしてみる?」
呆けつつ自分のピンを外してみせた彼女のサイドの髪を押さえ、すっとその星を差し込む。似合ってるよ? と言って鞄の中から手鏡を差し出すと、右、左、と首を振って確認しながら「ほんまっ?」と目を輝かせている。
常々ひよ里ちゃんにはアメリカンポップっぽいものが似合うと思ってたけれど、ひと際嬉しそうな彼女を見て、上手いこと別のレジで購入した甲斐があったなぁと思いつつこくこくと頷いてみせた。
「おおきに夏希!」
……ったく、小悪魔め。
「どーいたしましてー。さ、行こっか」
そりゃ兄ちゃんもくびったけになっちゃうはずだよ。素直さ配分が反則すぎる。
どうやら皆なミニバンに集合しているようなので、とりあえず私とひよ里ちゃんもそこへ向かうことにした。
高く澄み渡った秋空の下、意外にもファミリーを多く見掛けたりなど日曜の昼下がりのような錯覚が清々しく新鮮で。
早速コートを羽織ったひよ里ちゃんのゴキゲンな足取りも、その歩調に合わせキラリと耳上で光る星も、この上なく私を幸せな気持ちにしてくれた。
のだけど。
「あ、おったで。おーい! ハゲしんっ……」
不意に詰まったひよ里ちゃんに「ん?」と思い、その怪訝な顔の向いた先をつつつと辿る。
――刹那、バチッと大きな瞳と視線が絡んだ。
「……」
「……」
「……目ぇから何か出とるで」
「……目から何か出てる」
見事にハモって顔を見合わせると、ひよ里ちゃんの顔が俄かに険しくなった。
「あの女、夏希の敵か? ウチがいわしたろかっ? あ!?」
段々と荒くなる語気に、今にも飛び掛って行きそうな気配を感じた私は、ひよ里ちゃんの腕をぐっと掴んだ。敵って。
「そんなんじゃないよ」
努めて淡々と諭すよう返したものの、体には何やら戦慄にも似た緊張が走る。私の勘が正しければ、これは今までの中で最も間の悪い『ばったり』。
意を決して再度視線を向けると、ゴゴゴゴという効果音が似合いのその双眸には、案の定、烈火の如く高ぶった感情が宿っていた。
やり場のない、どうしようもない想い。
――私は、その目を知っていた。
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