近くて遠い 8
……ハシャギすぎやろ。
予想通りっちゃ通りやねんけど、ええとこめちゃめちゃ大声で呼ばれるとか、もっと安うしろやら言うて店員困らせとるとこ遭遇とか、そない程度や思うててん。
確かにやりたなる気持ちは分からんでもないねんで? いや、千歩譲ってやってまうにしてもや。
そんスピードはアカンやろがっ!
人間が出してええ限界ニ歩手前くらいやってんぞ!? 何の選手がスーパーのカート押しに本気出すっちゅーねんアホンダラ! ただでさえこの『実はツレのひとりですビジョン』は据わり悪いっちゅーんに何で俺ひとりここまでヒヤっとさせられなアカンねん!
……まぁ、見た光景そのもんが衝撃的過ぎたんか、幸い夏希には気ぃ付かれへんかったみたいやけど。
心ん中でさんざ悪態吐きながらリストに書かれたモンをパッパ入れとったら、何や面目なさそな顔した夏希が俺ん袖をくいて引きよった。
「ごめん真子、あれ届く?」
「んあ? 何やオマエ、そないブーツ履いとっても届かへんねんか」
指さされたもんに手ぇ伸ばす俺ん脇で、でもこれ暖かいんだよ? やらババくさいこと言いながら膝上まであるブーツの履き口引っ張って直しとる。
「今日の私はひと味違うと思ってたんだけどなぁ。あーありがと」
「アホか、仕事ん時よか5センチそこら高なったくらいでそない変わるかっちゅーねん」
「でもリサちゃんのスカートが今より5センチ短くなったら事件でしょ?」
「あーそら専売特許やて磯野サンちから訴えられてまうやろな」
「そっちの事件なの?」
そない下らん話しとったら、あれよあれよっちゅー間にカートがいっぱいなってもうた。
「やっぱ日用品はかさばるね。一旦車起きに行く?」
「しゃーけど、のっけからこの量オマエん方詰めたらあっちゅう間にパンパンなってまうで? ほなちょお待っとって」
電話したらちょうど羅武も一旦車戻るとこや言うから、とりあえず俺らもそこに向かうことにした。俺が話しとる間、夏希は何やあれこれ棚のモン取って見ててんけど、結局ひとつもカートん中には入れへんかったみたいや。
「色々興味ありそに見とっても意外と呑まれへんな、夏希は」
「ん? あー、海外製品って見た目可愛いんだけど匂いがダメだったりとか結構多くて。だから雰囲気を楽しむ感じかな」
それ聞いてふと、あのひんやりした素ぅの鍵が頭に浮かんだ。
夏希は無駄にノリええし、場を楽しむっちゅーことに抜かりはない。しゃーけど常にどっか冷静ちゅーか、現実的ちゅーか。何やこないな時、自分に必要なモンいうやつがきっちり見えてんねんか? 思う。
逆に、何が要らんモンかも分かっとんのかも分からん。あれ以来、あのタコ焼きスパイダーマンがひっ付いてくれとるとこ見ると、別に裸ん鍵が拘りいうわけでもなさそやし……。
――あの鍵に付いとった何かが要らんくなった、か?
「はい、もしもしー」
「夏希、今どこおんねんかっ?」
コンベアー式のレジに並んで、ひよ里と話しとる夏希の声聞きながら、この子と住んでたんどないな男やったんやろ思た。ちゅーより、男とどうこうなっとる夏希自体、不自然なほど俺には想像出来へんかった。
会計済まして、ひよ里に呼ばれたいう夏希を行かしたった後、俺は羅武がおる臨時駐車場までのんびりガラガラカート押して行った。外は相変わらずアホみたくええ天気で、もう何やこのまま車で昼寝としけこんでまおか? いう気分なってくる。
ぼちぼちテキトーに行ったったものの、羅武が車ん前で胡坐掻いて漫画読んどってくれたもんでわりかしすぐに見っけられた。幸い夏希が止めた場所ともそない離れてへん。
「どや酒は。安いんか?」
「あーマチマチだが海外ビールはまぁまぁ安かったぞ」
車ん中を見てみたら酒やジュースのケースは勿論、箱単位の野菜や果モンなんかもめっちゃようさんあって、パカて開けたクーラーボックスん中にはごっつい肉ん塊がみっちり詰まっとった。
こんなんどないして分けんねん思て片眉上げとったら、羅武ん口から思い掛けへん言葉が出よった。
「しっかし、真子もひよ里も随分変わったもんだよなぁ……」
「……!」
他んヤツやったらハァ? 言うてるとこやねんけど、羅武相手に今更か思うた俺は苦笑いしながら言うたった。
「……ハッ、やっぱそう見えんねんか。まーひよ里はともかく、楽いうんに甘えて俺は何や利用しとるみたいな気ぃするわ」
「利用なぁ……まー本人がそう思ってりゃ話は別だが、甘えるっつーのが与えることに繋がる場合もあんじゃねぇの? ……って、俺のガラじゃねぇな、ぶははは!」
何を言い出してんねんいうんが顔に出とったんか、久々に羅武のひとりツッコミが見れたわ。
「しゃーけどほんま、自分でも不思議や思うわぁ」
「そーか? 俺からしたらえらい納得だけどな。おっ、リサからだ」
は? 何でやねん。
て、口開ける前に羅武ん携帯が鳴り出しよったもんで聞きそびれてもうたわ。相変わらず何考えとんのかイマイチ分かれへんなぁ思て首捻りながら、俺は咥えた煙草に火ぃ点けたった。
「平子くんっ!?」
「っ!? ゴホッ! ゴホッ!」
……最っ悪や、ビクッなった拍子にせっかくのひと口目ぇ、モロに変な方吸い込んでもうたで。ちゅーかこれ、今振り返ったらもっと最悪な展開待ってるんちゃうん。
「リサも荷物起きに来るってよ。ん……? こっち走って来んの、真子の知り合いか?」
肩ぁ強張らしてふるふる首振ってんけど、何かが俺ん腕ポンてしたと同時に「平子くんてば!」いう声が背後から聞こえた。
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