近くて遠い 7
――あの男に連絡だ。
真子に吐露した緊張も何処へやら、色々な意味で眩しいその対象を前に、私の頭では自動発令がなされていた。
セーラー服という格好は勿論のこと、計算し尽くされたような絶妙なスカート丈。その下からスラリと伸びる美脚にハイソ、眼鏡、黒髪、オサゲ。
それでいてただならぬ妖艶ミステリアスオーラを漂わせ、おまけに――。
「へぇ、アンタがひよ里が懐いとる夏希? あたしは矢胴丸リサ、よろしく」
「よ、よろしく……リサちゃん? で大丈夫ですか?」
「好きに呼び。ついでに敬語もいらんで」
涼しい表情のまま眼鏡の縁をキラリと光らせ、うっかり「夜露死苦!」に脳内変換できそうなほど、どこか威圧感すら覚えるぶっきらぼうな物言い。
どこを取ってもあの二次元専門ツンデレ、もとい、ツンツンデレな意地悪ゲーマーのドストライクじゃないか!
これ以上ない逸材を見つけた妙な興奮で立ち尽くす私をよそに、当のリサちゃんは「さっさと行くで」と愛川さんたちにハッパを掛け、颯爽と先陣を切って受付へ向かって行った。
「……何でそない目ぇキラキラさしてリサんこと見とんねん」
「いるんだぁ、実際」
知り合って5年余り、口では絶対に敵わない彼のモジモジする姿を初めて拝めるかも……!
だがうっかり目前で噴出などしてしまおうもんなら後が怖い。天才プログラマーでもある彼を悪戯に怒らせた暁には、散々世話になった私が、今度は彼の手によって社会的に抹殺されそうだ。
んー怖い! 怖いけどスゲー見たい!
「……おもくそ悪いこと考えとる顔なってんで、なっちゃん」
「んふふふー失敬失敬」
「「でかっ!」」
新品のカードを手に進むと、入り口脇にバスタブ級のショッピングカートがずらーっと並んでいた。話こそ耳にはしていたものの、こうして実物を目の当たりするとやはり驚かずにいられない。
「重量系食料は羅武な!」
「おう、任せとけ!」
「ほな、あたしらは台所雑貨とこまい食料担当するわ」
素で呆けている私たちをよそに、3人は早くもカートを確保し、それぞれメモを片手に分担会議を始めているようだった。
「……何か、物凄い温度差を感じるんだけど」
完全物見遊山気分で臨んだことが憚られるほどの気合の入りっぷり。だが軽く怯んだ私に半目になった真子は「ないない」とでもいうように手をひらひらさせた。
「あーちゃうちゃう、しとかな思うてまう習慣みたいなもんや。あないして役割分担なんかしたっても、どーせ無意味なんねんて」
「あ、そうなの?」
「ここは大人しゅう従うふりしといて見ててみ。半時もせん内にこっちの担当領域で出くわすことなんで、多分な」
真子の言い分に何やら一抹の不安を覚えたと同時に、ひよ里ちゃんがタタタッとこっちに走って来て。
「夏希と真子は生活雑貨担当な!」
ぺいっとリストを寄越してきたが早いか、鼻息荒く「よっしゃ買うでぇ!」と言いながら、ガニ股でのしのしリサちゃんの元へ戻って行った。
「……ったく、暑苦しいやっちゃのぅ」
隣で思いっきり口角を下げた真子が、歯列の隙間からハァ〜とゲンナリした溜め息を漏らしていた。
中へ入り、その尋常じゃない広さにキョロキョロしては「はー!」やら言い合いながら、とりあえず担当領域を目指してカートをガラガラ押して行った。
母の分を含め計6世帯10人分。各買い物リストを見ると重複しているものも多い。
「お、トイレットペーパーあったでー……って、36ロールぅ!?」
「2400円って実は高い? てか、どのリストにも書いてあるけど、どうしたらいいんだろ……」
多くても1世帯12ロール? 女の子3人世帯は多い方がいい?
のっけから頭を抱え唸っているのが聞こえたのか、脇を通ったおばさんが「ああ、それねえ!」と意気揚々と話し掛けてきた。
「昨日買ったけど良いわよ! 個別包装だし1ロールが長いの! 柔らかいし! 絶対買いよ買い!」
興奮したおばさんにバシバシ肩を叩かれ、見てるこちらが「うわぁ……」と思うほど、俄かに真子の顔が異常な引き攣りを見せる。
オバハン誰やねんっ!
十中八九当たっているだろう心の叫びを汲んだ私が、わたわたと棚からパッケージを取ってガコンとカートへ放り、
「貴重な情報ありがとうございます!」
と、折り目正しく腰を折ると、満足気な笑顔で「いいのよぉ〜」と返しておばさんは足取り軽く去って行った。
「……」
「……」
「何でオープン2日目であない先輩猛者がおんねん……」
とりあえず単純計算でもう1パック追加した私は、一瞬にして気力ゲージの半分は失ったと見える真子の腕をポンポンし、行こ、と短く告げた。
が、それから数メートルほど進んだあたりで、私たちの視界の先をガーッという音と共にビューン! と横切ったものがあった。
「……っ!」
「……っ!」
「オキャクサマー!」
続いて切実な声を上げながら懸命に後を追う、店員さん。
「……」
「……」
「セーラー服姿の女の子が超絶ダッシュで押すカートに……爛々と目を輝かせた金髪ツインテールの女の子がちょこんと……乗ってなかった?」
ぽつぽつ私が紡ぐも、真子は自分たちのカートに書かれた『お子様をカートに乗せないでください』の文字をじーっと食い入るように見つめている。
「……どっかのイカれた姉妹やろ」
「あ、育児放棄」
入店より約30分、カートの中トイレットペーパー72個、以上。前途多難。
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