近くて遠い 6
「おー分かった。ほな着いたらまた連絡するわ」
俺らが向かう途中、夏希の弟ん車とは別に、バイト先の人からミニバンを貸りてくれた羅武からひよ里とリサ乗っけて先着いたいう連絡があった。
ごっつい肉とかぎょうさんあるんやろなー! やら、後ろでめっちゃテンション高なってるひよ里の声にはハンドル握る夏希も横でぷって笑とったわ。
しゃーけど流石はオープン二日目、前ん道路もメチャ混みらしい。
隣のアウトレットで飯食いながら待っとく言われたもんで、ほんなら避けられへん渋滞中にでも何か食っとこかーなって、俺らはドライブスルーに寄ることにした。
「……なぁ、ちょっと寄せぇ甘いで」
「あはは、ほんとだ。ごめんごめん」
……夏希の運転は普通に上手い方や思うけど、若干ざっくりなあたりモロに性格出とる気ぃするわ。
後ろ来てもうたししゃあない思て、助手席ん俺が窓からピーン! 腕ぇ伸ばして金払うたったら、何や横でめっちゃ笑い堪えとるアホがおるやんか。
「……お姉チャン、チリドッグの方ハラペーニョてんこ盛りな」
「わーーー! お姉さん待って普通! 普通で!」
「やかましっ、オマエなんか辛過ぎて口ん中イタタタターッなってまえ!」
何や必死の形相で俺ん方まで身ぃ乗り出して叫ぶ夏希とヤイヤイ言い合うてたら、店員のお姉チャンには笑われるわ、釣銭チャリーン! ばら撒くわでてんやわんややってんけど。
バイト代わって貰うての、ほんま何でもない平日の真昼間。言うたらスーパーに買いモン行くだけの今日が、何やものっそい平和でいて無性に楽しゅうて。
同しこと考えとったり、下らんことでふざけ合うたり。
何や俺気ぃ抜き過ぎちゃうか? て自嘲もしてんけど、ひよ里が言うてた『忘れたないこと』いうやつは、案外こない何でもない時間の中にあんのかも分からん思うた。
ポストコ渋滞ん中もぐもぐ飯食うて、ようやっと駐車に漕ぎつけた頃には優に1時間を越えとった。
ピーッ ピーッ
リア含めた5面が薄っすらスモーク仕様なんに加えて、ちっこい夏希は窓開けただけじゃ見えへんらしく、ドア開けながら片手でハンドル回しとる。
「ほぉーええ眺めやわ」
「えー? なにー?」
「何もない。こっちの話や」
運転し辛い言うてコート脱ぎよった夏希が後ろを見とる今、ローライズデニムから覗く腰のラインがええ感じにエロイ。
見た感じ夏希はものっそい足が長いでも、目ぇ見張るよなスレンダーでも、透き通るよな肌しとるでもない。ただ、前に背負うた時も思うたけど何や絶妙な体型っちゅーか、バランスがええ。ちっこいけどな。
俺がそないおかしな感心しとる間に、夏希はバシッと駐車をキメよった。
着いたでーて羅武に電話したったもののまだアウトレットや言うもんで、ほな一服してから行こかいう話に。
えげつない混みようやったな、やら他愛なく話しててんけど、ふと見たら窓ん外にフー煙吐いとる夏希の顔がえらい神妙なんに気ぃ付いてん。
「何や、どないしてん」
「……緊張してきた」
ボソて呟いた顔覗いたれば、何や知らんけどほんまに緊張しとんのか、すぅー、ふー、て深呼吸なんかしとるやんか。
「は? 何に?」
「リサちゃんなるお方に会うの、今日が初だし……」
ハァ!? まさかの人見知りか!? いやいや、ありえへんやろ。
ひよ里たちと会うた時かて、そら軽くドン引いとる感じはあったけど、そん後フッツーに話しとったやんけ。
「しゃーけどオマエ、毎日店で色んなお客サンと話してんねやろ?」
「得意と可能は必ずしもイコールじゃないよー」
煙草揉み消しつつ溜め息混じりに言うた夏希が、完全素ぅなんは一目瞭然やった。しゃーけど何やえらい意外やな。普通っぽく話しとっても内心は緊張しててんか。
「ほなオマエ、髪触る以外に俺とおって緊張なんかした時あんねんか?」
「…………」
「……チッ」
ぺしーん! ペしーん! ぺしーん!
「オーマーエーはー! そこは『ある』て即答せなアカンとこやろが! 男の沽券ズタズタにしくさりよってコラァ! こっちかて無いなんか分かってて聞いとるっちゅーねん!」
「痛い痛い痛い! ちょ、キャップの上からでも痛いし! 違うって真子は特別なんだって!」
は……?
ピタて止まった俺をよそに、夏希はズレたキャップ直しながら何や考え込むみたく、うーんなんか唸りよって。
「んー……何でかなぁ、安心するんだよね。でも、」
ひと呼吸置いてから、妙にフクザツそな顔向けて言いよった。
「それって『やっぱり』間違ってる?」
「っ! ……アホ、お互いサマや」
「え、そうなの?」
「しゃーけどそんなん……理屈ちゃうやろ」
「……ふふ、そだね」
それだけじゃ何のことやら分かれへん夏希の言葉が、きっちり意味を乗っけて直接俺ん頭に響いたよな気ぃした。それは、俺らん間にずっと横たわっとった『暗黙のルール』に対して、夏希がした初めての確認やった。
“お互い深入りを避けてる領域があるって知ってるのに安心するなんて、やっぱり間違ってる?”
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