近くて遠い 5
――火曜日。
「何や想像つかんなぁ……」
「んー……まぁ、とりあえず見てみてよ」
通りの銀杏や楓は特有の艶っぽさを夜に隠し、青く澄み渡った空にポップな彩りを見せている。横を歩く真子の髪が、まだ昇り切っていない太陽の柔らかな日差しを受け、つやつやと輝いていて綺麗。だがその表情には明らかな怪訝の色を滲ませ、どこか気だるい足取りでぽてぽて歩いている。
先日の母との電話の後、当たり前に説明を求められた私は、車種ではなく弟のそれが『やらしい』のだと説明した。別にアメ車かぶれでも何でもない私だけど、リーガルワゴン自体は格好良いと思うし、好きな車でもある。まぁ、コラムシフトはあまり好きじゃないけど。
「何つーか、狙い過ぎな渋さがアク強いっていうか……? まぁ、変なカスタム仕様とかじゃないから安心して」
続いてその理由を言い掛けたものの、首を捻る彼等を前に、ふと自分の言い分に違和感を覚えた私は曖昧に濁すに止めた。
そうして迎えた今日。仕事の合間に乗って来てくれるという母と、最寄駅で待ち合わせをすることになった。アパートまで乗って来るよと言ったものの、気になって仕方ないのか、散歩がてら俺も行くわーという真子と駅に向かっている。
「持ち主の弟はどこ行っとんねん」
「んー南半球、にいると思うよ? 今は」
「……どんだけアバウトやねん」
ひと度海外へ出ると存分にあちこち回って来る弟なだけに、今ひとつはっきりした所在が分からない。ただ、少し前の電話でワーホリビザを使ってオーストラリアにいると言っていたので、恐らくはまだその辺りかと。
「……そういえば、真子と昼間に外出るの初めてだねぇ」
うーんと伸びをしながら何気なく私が言うと、何やら驚いた顔でこっちを向いた真子が、続いてくくっと喉で笑い出した。
「ふっ、真似しなやーなっちゃん」
「は? ……わぶっ」
意味不明なそれに片眉を上げた瞬間、バサッという音と共に狭まった視界。キャップの上から、自分の着てるミリタリーコートのフードを被せられたのだとすぐに悟る。
「おっ、何やダンサーみたいやな……て、そないに何でもかんでもノるな」
その言葉を受け両手をポケットに突っ込み、B系雑誌よろしくふんぞり返っての上から目線をしてみせると、ケタケタ笑う真子にキャップのつばをぺしんとされた。
「しゃーけどほんま、天気はええし、夏希はアホやし、平和やなぁー……」
やたらのんびりとした声音で言った真子は、いつものように片手でハンチングを抑えて少し眩しそうに青空を仰いでいる。薄っすらと口元に弧を描き、だけど遠く虚空を見つめているような目をした真子は少し、何処か異様に見えた。
駅前の小っさいロータリーの隅っこでウダウダ待っとったら、ちょっとしてギューン進入して来よった車からププッて小気味ええホーンが鳴った。見ると、渋いワインがかったメタリックブラウンのアメ車が止まっとる。
来た、言うて夏希が進み出した先、運転席から降りはった『女性』見て、俺は素ぅで目ぇひん剥いてもうた。
わっか!
ひらひら手ぇ振っとるあたり間違いないんやろうけど、ほんまに夏希の母ァちゃん(50オーバー)か!? 何や妙〜に健康的やし、ちょお長めのウルフ外ハネにさして、アンティークなレザーコートみたいなん羽織とって……。
え、オカン要素どこ!?
「はいこれ私の買い物リストー」
「……はいよー。あ、結構伸びたね?」
「そーなのよ、このまま少し伸ばそうと思って。近い内カラーの予約だけ取っといてよ」
しゃーけど髪触ったりしながら笑い合うとる様子は、何や仲良しそで微笑ましい。
じゃあねいう声が聞こえた後、駅に歩を進めた母ァちゃんに会釈されて、慌てて俺もペコてしといた。それからテテテて来て「ごめんお待たせ」言うた夏希と車に向う。
「母ァちゃん、めっちゃ若いねんなぁ! あれか? 母ァちゃんの仕事も美容系やらそんなんか?」
「あー……はは、よく言われる。でもあれで海洋生物学者だったりするんだよね」
「ええっ、マジか!?」
夏希が言うには、最近は非常勤講師なんかもしとるらしいが、具体的に何をしとんのか未だよう分からんのやとか。分からんけど、とにかく何やひたすら海の生きモンの虜らしい。……『この母にしてこの娘あり』ちゅー臭いプンプンやないかい。
――そして。
「どうもこの、内装までワインレッド基調の如何にもなオールドアメリカンで、でも外装にウッドパネル無しが拘りですー的な感じがねぇ……」
側面に木目のパネルがついている雰囲気が味。それがこの車種のオーソドックスな定評なのだ。
「ほぉかぁ? フッツーにシブい思うねんけど……」
思った通り首を傾げている真子。不躾を承知で私は再びその全身に視線を走らせ、曖昧だった自分の推測に確信を得る。
「――って思ってたんだけど、どうやら違ったみたい」
「ハァ!?」
「あはは、要するにうちの弟が『車負け』してるだけだったわ」
高級車でも何でもないが、これは確実に乗る人を選ぶ雰囲気を持っている車で。
だけどあの晩、真子を始めとする個性の強い面々を前に、ふと、ローズさんや、格好次第では愛川さんにだってバッチリ似合うんじゃないか? と思ったのだ。
そして今、やはり『弟の車』という認識が私にやらしく思わせていたに過ぎなかったと実感。
しかし彼等のそれは、単純に年齢を重ねることで醸されるオーラとはどこか違うものを感じる。部屋という分断された空間で何となく共に過ごす時間の中、『慣れ』というフィルターが掛かってしまっていたけれど、こうして明るい時分に外へ出ると何か独特なカリスマ性を否応無く感じさせられる。
舞台役者さん、とか……?
そう考えると『集まり』や派手な容姿、日によってゴワゴワした髪など、何となく色々としっくり来るような気がした。
「何やよう分からんけど俺が乗ったらやらしくないっちゅーポジチブシンキンでええか? ……て、うぉいっ、夏希ー」
殺陣とかやってるのかも……などとぼーっと考えながら鍵を差し込んでいると、眼前をシャッシャッと白い手が横断した。
「へ? あー……そうそう、真子って何か独特なかっこよさがあるからね」
「あ? 何やねんいきなし。飴ちゃんでも欲しいんか? ちゅーかオマエ運転でええのんか?」
「珈琲が欲しー。まぁどのみち乗るなら一緒だし。とりあえず行きは運転するよ」
言うが早いか自販機に向かい出した真子から、ブルァックやろぉ〜と変な巻き舌声が届いた。
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