近くて遠い 4
「あーポストコ来週オープンなんだ」
「ああ、何や俺ん店のお客サンも言うとったなぁ」
アパート下に着き、さっき確認し忘れた郵便受けをパカリと開けた中に、近日オープン予定の大型ショッピングセンターのチラシが入っていた。いわゆる、多量買い向けの会員制倉庫型店舗だ。
階段を上りながら、どれどれ? どんなんや? と二人でチラシに目を走らせる。
「うわ、卵30個入りだって!」
「はーっ! 米なんかも10キロ基本やん」
目新しさに好奇心こそ擽られるものの完全なロードサイド店。ここから車で行ってもざっと20分は固い。私と真子は、単純に「ほー」や「凄いね」程度の感想を零し合って部屋へ戻った。
「うぉーい、買うてきたでー!」
未だ銃声の漏れるリビングへ向けて声を張り、先に靴を脱いで上がった真子の丸い背を前に捉えて、ふと気付いた。
あれ? いつ手離したんだっけ。
手を繋いでいることに気付いたのも暫く経ってからだったけれど、それは真子の『好きにする宣言』に対する困惑が先立ったという認識でいた。
無論、別段深い意味など無いだろうそれに、私もまた鼓動が逸るような意識をすることもなかった。
が、慣れ親しんだ行為の如く、意識の外で自然に繋がれ、離れた手。
空いている左手についと目を遣り、ほんの少しやばいなと思った。
「なぁなぁ! ここでまとめ買いして皆なで分けたらめっちゃお得なんちゃう?」
「おーそりゃあいい! 大食漢のハッチといる俺にとっちゃ、食費が抑えられるに越したこたねぇ」
買って来たポン酒を燗にするべくカウンターに立つ私の視界の先では、ひよ里ちゃんたちが先のチラシを取り囲んで何やら盛り上がっている。ぼんやり眺めつつ、確かに2、3人で部屋をシェアしている彼等には魅力的な店だろうなと思った。
「しゃーけど車がないことには話になれへんで」
だけど先に目を通していた真子が、キスケさんの猫パンチを受けながら、いたって冷静に最重要ポイントを突く。
「あ? そんなん拳西のバイト先んとこのトラック借りたらええやんけ」
「ありゃいくらなんでもでか過ぎだろ。かといって、わざわざその為にレンタカーってのもなぁ……」
会ったことは無いが、拳西さんという人はルート配送のバイトをしていると聞いたことがある。……にしても、ひよ里ちゃんの公私混同上等プランに一切ツッコまない愛川さんには今日も今日とて驚かされる。
「せや! オマエこないだドライブデートした言うてたな。その女に車出さしたったらええやんけ」
あー例の子のことかぁ、とすぐにピンと来た私は思わず眉を顰めた。
「ぜっっったいアカン! 今俺あの子に借り作るワケいかへんねんてっ」
が、何が何でも行きたいひよ里ちゃんの横で、何やら露骨に顔を引き攣らせた真子が、無理無理とでもいうようにぶんぶん手を振っている。
「ハァ? おんどれの不始末なんか知るかハゲ。車やくーるーま! 四の五の言わんと借りてきぃ」
「ほぉ、完全ワンプレー主義の真子が後腐れ作るなんて珍しいじゃねぇか」
「……チッ、揃いも揃うて人をどこぞのチャラいガキみたく言いくさりよって。だいたい不始末て何やねん不始末て」
苦々しげな顔でブツブツ零す真子。それを見て、何が違うんだ? とでも言いたげな愛川さんとひよ里ちゃんの首が、揃ってコテンと横に傾いた。
ピーッ! ピーッ!
絶妙なタイミングで鳴ったレンジのアラーム音に、真子が大きな溜め息を零しながら立ち上がる。そしてごく当たり前のように背後を通過。ホットミルクの入ったマグと徳利を取り出し、先に徳利の方だけほいと渡された。
ありがとうと受け取った私は、予めぐい呑み3つを乗せておいたトレーにそれを置く。
「なぁ、夏希の知り合いに誰かおらへんか? 車貸してくれそなヤツ」
「え? あーいないこともないんだけど……ねぇ、真子って左ハンにコラム大丈夫な人?」
横を向いて尋ねると、薄っすら張った牛乳の膜をスプーンで取り除いていた真子が、んあ? と顔を上げた。
「あー別に普通に乗れるで……って何やねん」
さらっと答えた彼を、改めて上から下までなぞる様に見つめてみる。訝しげな顔の真子をスルーした私は、次いで思わずぼそりと零していた。
「……似合うなぁ〜あの車」
「あ?」
「もしもしお母さん? あのさぁ、ケンのリーガルワゴンって今お母さんの家?」
湯気の立ったホットミルクをふーふーしながら眉を顰めているひよ里ちゃん。母親と電話している私を、疑問符だらけの呆け顔で凝視している真子と愛川さん。
「あーちょい待って……ひよ里ちゃん、いつ行きたいの?」
「アホ、アンタ火曜しか行かれへんやんけ」
「へ!? 私も行くの!?」
「なに寝惚けたこと言うてんねん、当たり前やろ!」
「えー! そしたら私もあのやらしい車に乗んなきゃいけないじゃー……ん……」
視界の脇から真子の突き刺さるような冷たい視線を感じた。
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