近くて遠い 3
――何をアレコレ血迷うてんねや、俺は。
目標の『点』をクリアせんことには、そん先の『線』かて生まれへんやんか。先ばっか見とって足元見失ってもうたら元も子ぉもないわ。
ただ未だ何なんかはよう分かれへんけど、あの眼鏡には確かな『目的』があって。
今の俺らんとって唯一の『目的』すら、アイツんとっちゃその過程で起きる例外のひとつ、『通過点』ぐらいにしか思わへんに決まっとる。死んでも通過なんかさせへんけどな。
しゃーけど何でかそこにある相違が、今んなって俺ん中に妙な焦燥を生んどった。
「っ!」
不意にぐん! て腕ぇ引かれて我に返った俺ん脇を、でっかいトラックがブオーン言うてすれっすれで通り過ぎよった。
「ぷっ……車道側歩くなっつった人が轢かれるとか無いよ?」
「……あー、ほんまやなぁ」
呆けながらスマン言うた俺ん横で、夏希はくつくつ楽しそに笑いよる。お互い片っぽの手ぇには、夏希がふたつにして下さい言うて分けられたコンビニ袋が1個ずつ。
相変わらず強情やなー言うた俺に、夏希は「そっちが私の、こっちが真子のってことにすればいいでしょ?」なんか言うて。さっき遊歩道で落ち葉の絨毯踏んで来たやら、何やえらい嬉しそに言うたりなんかもして。
――その上。
「ねぇ、今更すっごく申し訳ないんだけど……あくまで私に髪を切って欲しいって真子が望むなら、の話ね?」
「んあ、何や?」
「……これからは、店まで来て貰ってもいいかな」
色々知ってもうた所為かも分からんけど、主の夏希自身はバリア張りまくりや思う。
理由も言わんと「ごめんね」て気まずそに笑う夏希は、俺ん中で『ひとり』っちゅー印象が強い。しゃーけど不思議なもんで、何や悲壮感漂う『孤独』いう感じはせえへん。
「別にそんなん謝ることちゃうやんけ。夏希はプロやねんから当たり前やろ? しゃーけど……」
言うてええもんか迷うた俺ん顔を、頭ん上に疑問符咲かせた夏希が覗き込みよる。街灯の所為なんか、青みがかっとる白目がやけに綺麗や。
「先言うとくな、俺の勘違いやったらすまん」
「うん?」
「その……理由はアレか? 周りから俺が変な目ぇで見られんようにーやら、そんなんか?」
「あー……あはは、そんな善人じゃないよ、私は」
「あんなぁ、俺は――」
「私の我儘だよ」
“そんなん気にせえへんで”
そないに言うつもりやった俺ん上から、夏希はえらいキッパりした口調でかぶせてきよった。
「真子が平気でも私は嫌。そのことでうちの店に影響が及ぶのも嫌。でもごめん、私は関わりながら全部は引き受けられない」
それ聞いた俺は、ああ、夏希のバリアは自衛と他衛一体なんや思うた。
自分のことでヤイヤイ言われる友達やら、家族やら、職場の人間やら。
どないそれに胸ぇ痛めたとこで『川村夏希』っちゅー自分に出来ることなんか限られとる。しゃーから夏希にとって誰かを大事にするいうことは、人を遠避けることで。
ほんで多分、その方が自分とっても楽やから、
「だから、これは私の我儘」
やら言いよんねんな。
確かに、そのちんまい背中にそない色々は背負い切れへんやろなぁは思う。思うけど、こないなことだけハッキリ言いよるとか。
――オマエ、ちょっとズルないか。
「……ジブン、俺が誰の兄チャンか忘れてへんか?」
「えっ! そ、れはどーいう……」
「別に夏希ん店まで髪切り行くんは構へんで? しゃーけど他は知らん。俺のしたいようするだけや。誰に何言われようがなー」
「え」
そないに言うてニヤて笑うたった俺は、夏希の空いとる方の手ぇ取ってすたすた進み出した。夏希の顔がビミョーに引き攣とったけど、ついでにそれも知らーん思た。
オマエは自分と店んことだけ考えとったらええ。俺んことなら大丈夫や。
どの道、消えんねんから――言えるもんなら、言うたりたかった。
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