パリ パリパリ パリパリパリパリ
車輪が回る度に鳴る、枯れ葉の割れる音とその感触に自然と顔が綻ぶ。ペダルを漕ぎながら上を見上げれば、仄白い街灯に照らされ夜に浮かび上がる、赤や黄を纏った街路樹たち。
無性に、もっとこんもり積もっている上を歩きたくなった私は、少し遠回りをして帰ることにした。ちょうど今夜は、特に誰が来る予定も無い。
サク サク サク
アパートの向こう岸の川沿いに出る遊歩道へ廻り、ゆっくり自転車を引きながら、下ろしたてのブーツで落ち葉の絨毯を踏みしめる。
サク サク
途中、未だ健在だった100円自販機に小さな感動を覚えた私は、缶コーヒーを買って傍のベンチで一服することにした。吐いた白煙の行方を何となしに目で追いつつ、ここのところずっと引っ掛かっていることについてぼんやり考える。
――果たして、このままで良いんだろうか。
真子(とは、まだ数えるほどしか呼んだことはないけれど)の髪を切ってから、約一週間ほど経った11月初旬。
よほど暇だったのか、例のチーフから1杯奢るから飲み来てよとの連絡を受けた店長は、閉店後にひとりぶらりとHolyに顔を出したらしい。
その翌日、出勤した私の顔を見るなり露骨な苦笑いを零し、人差し指で『来い来いジェスチャー』をしてきた。聞けば、先日うちのスタッフたちが噂していたホールの女の子に、オーダーついであれこれ聞かれたとのこと。
アジールは、スタイリストが店外で個人的に髪を切ることを許可しているのか。
――特定の薬剤を要しない範囲で許可している。
にてしも、『川村夏希』ともあろう人のそれを認めるのは安売りし過ぎではないか。
――アイツを買ってくれているのは有難いが、うちはランク制度は設けてない。
それで万が一トラブルでも起きたらどうするのか。
――引き受ける・断るの判断基準を含め、俺はうちのスタイリストを信用している。
一応は言葉を選んだと思しきそれらに、 あくまで『アジールの店長』として答えたものの、最後まで彼女は不服そうだったとのこと。
チーフの話によると、真子が中番になったことで二人のシフトがかぶるのは土曜の夜だけになったとか。つまり、要は私が真子の髪を切ったこと、もっと言えば自分の接する機会が減った今、私との個人的な交流自体が気に入らないんだろう、と。
“ありゃ完全に見当違いな嫉妬だ。念のため心に留めとけ”
思わず「うっはぁ」と漏らした私同様「うへぇ」という顔をした店長に言われたそれに、堪らなく気が滅入った。
『嫉妬』
多少なり自分にもあるだろう筈の、ごくごくポピュラーな感情。程度にもよるけれど、頭では理解出来るそれが私はあの一件以来とにかく苦手になってしまった。
――ギラギラとした真夏の太陽に当てられでもしたかのように。
負けないぞー! とプラスに作用する類や、ちょびっとむくれる程度の微笑ましいものはまだいい。だがそこに少しでも他虐心を孕んだ兆候が覗えると、アレルギー反応が如く、どうも過剰な拒絶心が芽生えてしまう。
とはいえ私は、取り立てて育ちが良いわけでも、清潔なモラリストでも何でもなく。
細かな階級分けをすることで、必要以上に顧客獲得を煽る体系のロイヤルにいた頃から、そうした混沌の坩堝に身を置くことに対する免疫もある。
だが、殊に恋愛絡みとなると話は全く別。
恋は盲目とはよくいったもので、突っ走ってる時に沸く感情の矛先は、得てして予想外な対象へ向いたりもするものだ。曜サスかと真子にツッコまれた極端な妄想劇を口にしたのも、私にとってはあながち冗談とは言い切れない懸念あってのこと。
今までの話を総合するに、彼女は真子とデートしたことのある間柄で、目下絶賛猛アタック中、といったところだと思われる。
「……参るなぁ」
誰もいないのをいいことに、脇に寄せられた落ち葉の山にブーツのつま先を潜らせ、バッサーと蹴り上げてみる。目の前でヒラヒラと舞うそれをぼーっと眺め、全てが落ちきると同時にはぁと溜め息。
真子が働き辛くなったり、うちの店のイメージに響いたり。そういう可能性を考えると、当面の間Holyへ行かないのは勿論のこと、こちらが色々と自粛すべきかもしれない、とは思うんだけど……。
「ん゛〜〜〜……」
何かを発散するかの如くひとりバッサバッサしているとポケットで携帯がブーンと振動、もしやと思った。ゆっくり手を差し込んでそろ〜り引き上げ表示を見るも、やはりそれは『誘惑メール』だった。
from:ひよ里ちゃん
11/12 22:02
sub :Re2:Re2:Re:
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羅武と真子のとこ来た
ゾンビ倒したる
-END-
「ぶっ……」
倒したる、イコール松田師匠に仕込まれた成果を真子と羅武に見したるわ! に違いない。すぐにパパッと返信した私は、コートの袖に冷えた手を潜らせてハンドル握り、カタンとスタンドを蹴った。
こんな風に約束するでもなく人が来る日常が、何だか最近楽しくて。
そう思う私は少し、欲張りになってしまったのかもしれない。