曖昧な境界 12
Holyの賄い食えるなんて贅沢ですー言うて、夏希ちゃんはほんま嬉しそにタッパーにフォークを伸ばしとる。一緒に摘みながら、俺はコッソリそない無邪気な彼女の様子を盗み見とった。
さっき俺がこの子んことに触れたんは、正確に言うたら聞いた時の反応が見たかったいうんが本音やった。シートの真ん中に寄せた俺ん髪ジッと見つめながら、長い睫毛をほんのちょびっと震わせて、ぎゅって唇噛みしめて。
最後に夏希ちゃんは、ポツてもっぺん「すいません」言うた。
「女王サマがそない何べんも謝ったらアカンで?」
そない言うて茶化したった俺ん中では、朧気やった憶測の輪郭が見えてきとった。
“私に過保護にすると良いことないですよ?”
――ほんまは、そない意味やってんやな。
今日のバイト終わり、飯に誘われた俺は約束がある言うて断った。
“安く済むはずが高くついた、なんてことにならないよう気を付けろよ”
デートか? やら、からかってきよったヤツにほんまのこと言うたら、何やえらい心配した感じで言われたそれ。悪気なんか全くあらへんそいつの様子に、ほんま夏希ちゃんの荷物は難儀やなぁ思て、ちょっと苦笑いが漏れてもうた。
放っといたって情報が錯綜しよる時代や。ただ流れて来よるモン受信するんやのうて、疑うことかて必要に決まっとる。しゃーから別に、俺はそいつの心配を『余計なお世話』とは思わへん。思わん代わりに、それ聞いてどないに受け止めるかは俺の勝手で。
“事実ってのは意外と沢山あるんすよ”
店長サンの言葉に則るなら、俺んとっての事実いうやつは夏希ちゃんと会うてからのことが全て。見てきた限り、夏希ちゃんは理解求めて人に擦り寄ったりしよる子やない。
ただ、一見は気丈に見えるそないな態も、今の俺には自分と関わる人間への配慮に見えんねん。自分の仲間や同類やて見られへんように。
しゃーから俺にまで「すいません」なんか言わなアカン気になるんちゃうか? 思う。
『川村夏希』を疑うとる人間の数と、俺らんこと助けてくれた喜助の罪状信じきっとる尸魂界住人の数。どっちが多いんやろな。そのヘンテコ科学者が忠実に再現してくれよった自分のん髪を見ながら、ふとそないなことが頭に過ぎった。
「せや、ジブンの番号聞いといてもええか?」
「そーだ! 私も聞こうと思って……あーでもなぁ……」
思い出したみたく俺が言うた後、何や分かれへんけど夏希ちゃんは「うーん」言うて眉寄せよった。
「何や?」
「平子さん今、彼女いるんですか?」
「ハァ!?」
ここに来てまさかのド直球クエスチョン。今日イチの吃驚きたで。
彼女いるんですか、なぁ……。
「おるワケないやん。俺は『皆なの平子ちゃん』やねんぞ?」
「……あー……そーでしたねー」
「どないやねん、そん棒読みは。ちゅーか何やねんいきなし」
「いや、『ヤバイ時間』とかあるのかなーと。夜道、背後からサックリとかイヤですし……」
「曜サスかっちゅーねん! まーそない心配やったら無用や、残念なことにな。ほな言うでぇ、080ぉ」
何や妙に虚しい気分に駆られてもうた俺が番号言い始めたら、夏希ちゃんは慌てて自分の黒い携帯手に取りよった。ほんでもって俺にワンコしたらすぐに黙々と登録作業開始。『触らぬ神に祟りなし』かいなコラ。
「OKです!」
「……ちょお、見してみ?」
疑問符だらけの顔のまんま、夏希ちゃんは素直にヒョイて携帯渡してきよる。この際、要らんモンは何もかんも取っ払ったろ思うた。
「ハァ〜……なぁ、俺はこん先ずっと、ずぅーーーーっと! 死ぬまで『平子さん』なん?」
「え、ひょっとして嫌だったんですか!?」
案の定バッチリ『平子さん』で登録されとったそれ見て、俺はわざとでっかい溜め息を零したった。
「別に嫌ちゅーワケやないねんけどぉ〜。なぁ〜んやずっと敬語やしぃ〜? 兄チャンとは仲良うしたない思われてんか〜? みたいなぁ〜」
「何ですか、その頭弱そうな口調……いって! じゃー私も『ちゃん』付け解消して貰えますか?」
「ぅえっ、マジでか!?」
俺にはたかれたデコさすりながら、夏希ちゃ……もまた、難題ふっかけてきよった。
……しっかし、慣れちゅーんも難儀なもんやな。
「ちゃうちゃう、『しんじ』のじぃは辛子明太子の子ぉや」
「辛子明太子? へー珍しいで……珍しい、ね!? うーーー何かすんげー気持ち悪っ!」
「なっ、気持ち悪い言いなやアホ!」
散々ぎゃーやら、コラーやら言い合うててんけど、不意に雨音に混じって届いてきよった音に俺はハッてなった。
♪〜……♪〜……
「うわ、『てぃーん』や! ……って、なんーで夏希がどや顔やねん」
ほらな? 言わんばかしに流し目でフフンいう得意気な顔しよった彼女を、何や痛快なぐらいおもろ可愛いわ思うた。
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