曖昧な境界 10
しゃーけどシャンプーして丁寧に乾かして貰うたその後、俺にはもうワンランク上の吃驚が待っとった。
「どのくらい切ります?」
「んーもうすぐ寒なるしなぁ……こんくらいかぁ?」
言いながら口元らへんに水平に手ぇやったら、何やえらい真面目ぇな顔ぶら下げて俺ん横に屈んだ夏希ちゃん。確認か? 思たら、「アイーンって言って下さいよ」なんか言いくさりよったもんやからとりあえずマッハでデコはたいといた。
しったら夏希ちゃん、中腰やった所為かグラて後ろ行った体勢を持ち堪えようかなんかして、棚ん上の生首一個落としてもうたやんか。
「うぁっ、キャサリンごめん!」
やーすまんなーキャサリン。……って、この子ほんま大丈夫なんかぁ!?
――思うててんけど。
「じゃーいきます。すぐ終わりますから」
そないに言うて腰からハサミ手に取った瞬間、鏡越しの夏希ちゃんの顔つきがスッて変わりよったやんか。普段テレビで見る『匠』やらには「盛り過ぎやて」思う俺やけど、『何かが宿る』ちゅー瞬間を初めて目の当たりにした感じやった。
目ぇ見張っとる俺んことなんかまるで気にせんと、何や分からんけど軽くシュッシュッてスプレー。するが早いか横ん毛に櫛通して、左手で挟んで、前から後ろにチャチャッて5センチくらい切りよったとこで、ここに合わすんでええかて聞かれた。
俺は何やボーッてしたまんまコクて頷いてんけど、何となしに前に来た髪ん先見て更に吃驚してもうた。それもそのはず、ほんま一瞬切っただけやのにチョビ毛ひとつあらへん、綺麗〜〜〜な斜めやったやんか。
顔上げてもっぺんチラてそこ見たんやけど、案の定スーパー真っ直ぐ。
「……ジブン、ほんまにプロやねんなぁ」
「平子さんの髪がクセもなくて綺麗だから切りやすいんですよ」
そんなん言うてる間にも、耳元でしとったシャシャッいう軽快な音が、気ぃ付いたらもう後ろん方から聞こえとる。
「いやー私この髪を切れて本当に幸せです」
「んー……どない感覚なん? その『髪むっちゃ好き!』いうんは」
ずっと思とった素朴な疑問いうヤツをぶつけたったら、夏希ちゃんは鏡越しに、ん? いう顔してピタて止まった。ほんで櫛とハサミ持ったまんま何や腕組んで考え込みよった後、ちょっとして「あ」言うた。
「ラグ、みたいな感じですかね」
「ラグぅ……?」
「ラグにも色々あるじゃないですか。毛足の長いふわふわから、刈りたての芝みたいなものまで。好みのやつを触ると『ふぁ〜♪』って顔が緩んじゃう。そんな感じと近い、ような……」
長さ、硬さ、太さ、素材、手触り……おー確かにあるある、なるほどなぁ! 言葉にするんは難しねんけど、そん感覚は分かるわ。俺もふわふわしとるモン好きやし。
「ほぉー男のおっぱいへの拘りみたいなもんか」
「あーでも確かにおっぱい星人人口は多いって言いますよね」
ちょっ……うぉーい、そこはツッコまなアカンとこやでー! 俺が振ったったん『ハァハァ』カテゴリーど真ん中やねんぞ!
ちゅーか、それ以前にやなぁ。
「なぁ……ひょっとしてジブン、母ァちゃんの子宮ん中に女性ホルモン半分くらい置いて来てもうたクチか?」
「女性ホルモン……? あ、色気が無いみたいな?」
「あーそないな意味ちゃうわ。ただ、何やものっっっそい流暢に下ネタ返しよるやろ? 春のそよ風かっちゅーくらいサラサラサラァ〜……やねんて」
素朴な疑問第二段を投げたったら、夏希ちゃんはなるほどいう感じで「あー」言うてから豪快に笑い出しよった。
「あはは! それでしたら多分、お母さんがお祖母ちゃんの子宮の中に置いて来ちゃったんだと思います」
……どんなまさかの二世代継承やねん。
「はい、鏡どうぞ」
あない緊張しとったん幻か? 思うほど、夏希ちゃんは再開後ものの数分で俺ん髪を切り終えよった。
逆向きに座り直して合わせ鏡で後ろも見てんけど、ほんまビシーッ! なっとるラインに思わず俺は「はー!」言うてもうた。単純そに見えるけど、真っ直ぐっちゅーんは一番誤魔化しが効かへんもんや思うねん。
“てめーなんか、この右手が使えなくなりゃ――”
……あのキャップ小僧がこの子ん手に執着するワケや。
「大丈夫そうですか?」
「やーほんま凄いわ、『夏希マジック』」
正面の鏡見ながら聞いてきよった夏希ちゃんの顔が、ハァ? でいっぱいなった。
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