曖昧な境界 7
翌日、自分の『おあずけ』でワクワクな私のテンションは、当然の如くあっさり店長に見抜かれた。
「なんだ随分ご機嫌だな。遂に『切ってくれ』でも言われたか?」
「はい来週です!」
と、思いがけず傍で開店作業をしていたスタッフやアシスタントの皆なまでわらわらと寄って来る。
「今の話って、Holyのオカッパさんのことですか?」
「夏希のアパートのお隣さんらしいじゃん」
何やらすっかり有名人になっている事態に驚いたものの、どうやら一昨日の仕事後に皆なで彼の店に行ったらしい。翌日に友達の結婚式を控えていた私のみ先に帰ったので知らなかった、ということのようだ。
「あの人の髪、ほんっと綺麗ですよねー!」
「絶対パーマかかんなそー! つーか、かけたら勿体無いか」
髪に心酔している私を『病気』と茶化す面々とて、やはり美容師は美容師。ただでさえ目立つ平子さんの髪を間近にして、目が行かない人物などここには存在しない。
「雰囲気あって格好良いですよね、彼!」
「でもあのホールのくりくりした目のウルフの子、彼女じゃないの?」
「あーそういえば『明日のデート遅れないでね』とか言ってましたね……」
……ん? んんー? 彼女? デート?
え、何だろう。たかだか二日でこの浦島状態は。
“……何で待ってた、とか……色々あるやろ”
ひょっとして平子さん、デートで何かあってうっかりぎゅーしちゃったのか? いや、でも何で私? だけどあの切羽詰まった様子は、もっと別のどうしようもない何か、という感じだったような……。
とはいえその正体を想像し得るほど、私が平子さんについて知っていることは多くない。いや寧ろ殆ど知らないと言うべきか。
にも拘らず、一緒にいると不思議と安心しちゃってる自分がいるな、と改めて思う。
――きっと、本当はいけないことなんだろうけれど。
「ま、良い機会じゃねぇか。ついでに色々触っとけよ」
「……それただの変態ですね」
相変わらずの不敵なニヤつきを見せながら倉庫に向かった髭面の男には、いつも通り呆れた視線を投げといたけれど。あーでもあのプリケツちょっと魅力的なんだよなぁ、とか思った私は存外ただの変態かもしれない。
「何やハゲ、結局夏希には会えたんか?」
「んあ? おー、会えたで」
翌日、何食わん顔でアジト行った俺は、珍しくフッツーに話し掛けてきよったひよ里を意外や思いながら、昨日夏希ちゃんに聞いた話を振ってみた。
「そういやオマエ、そないしょっちゅう夏希ちゃんとこ泊まっとんのか?」
俺も俺やけどなぁ思いながら聞いたら、ひよ里は何や気まずそに「う゛っ」なんか唸った後にとんでもないこと言いよった。
「泊まっとるちゅーか……何や気付いたら寝てもうてんねや。せやけど皆なそないな感じらしいで」
「は、皆な……? 皆なて誰やねん」
「ハゲが、そんなんあっこの住人に決まっとるやろ。何やよう分からへんけど、張が言うには夏希のとこは『バリアフリー』なんやと」
ちょっ……ハァ!?
え、どないなってんねや。皆な、イコール住人んん? ばりあ、ふりぃ?
「……アカン、俺ぜっっぜん頭おっつかれへん」
「あ? 今更何言うてんねん。しゃーないやろーハゲやねんから」
……チッ。
「ちゅーか、何でオマエはそない何もかんも当たり前ぇみたいな顔してシレっと言いくさってんねんボケコラァ!」
ええ加減イラッときて軽うくお仕置きしたった後、もっぺん順を追うて詳しゅう聞いたら更に俺は吃驚することなってもうた。『皆な』でゲーム、やと!? お隣サンの俺も知らん間にどんだけフレンドリーやっちゅーねん!
「そない言うてオマエかて寝てもうたクチやないんか〜?」
「しゃーないやろぉ? 何や昨日俺、むっちゃ疲れるデートさせられてんか……あ」
アカン! 何やニタニタしよるひよ里に乗せられて、めちゃめちゃ墓穴掘ってもうとるやんか俺!
「デエト……まぁーーたオマエは『集まり』サボッて女とちちくり合うててんかコラァ!」
「す、すんませっ! しゃ、しゃーけど昨日はちちくり合うてへ――」
「やかましねん! ハッゲッがっ!」
ゴッ! ガッ! ドサッ……くっそ、何やまるで三段落ち決められた気分やで。
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