曖昧な境界 2
ズロズロズロー ブクブクブクー
ズロッ ズロロー ブクブクブクー
「……チッ! おっそいなぁー、うんこか!?」
汚いも何もお構いなしで、無性に募りよるイライラをストロー遊びで発散しててんけど一向に治まる気配がせえへん。アホくさ思てドリンクホルダーにカップをゴン! 置いたった俺は、窓開けて煙草に火ぃを点けた。
「……強力ムズイラ菌、絶賛増殖中やで」
冴えへん曇天に向けてフー吐いた煙の行方を、何となしに目で追いながら今一度思う。やっぱしあん時の警鐘は正しかった。もう、これ以上夏希ちゃん絡みで振り回されるんまっぴら御免やわ。
「ごめーん、お待たせっ」
「遅いっちゅーねんボケ。さっさと行くで」
すぐにギアをバックに入れてコンビニの駐車場から出た俺は、ちょっと飛ばし気味に車を走らしたった。
あの日の翌日、昼頃起きた俺が出掛けよ思たらドアポストん下に茶封筒が落ちとるんに気ぃ付いた。何や? 思て裏返すと、ちびっこいスパイダーマンが『ナマステ』みたく手ぇ合わしとる絵が隅っこに描いてあって、ぶっ、て笑てもうた。
中はっちゅーとタクシー代に色つけた額の札。俺に運ばしたて気にしよったんやなぁ思たけど、飛んだから楽勝やったでー言うワケにもいかへんし、今度またひよ里に翠寿でも買うて行かしたったらええか思た。
それから数日は、アジト、バイト、部屋の繰り返しで特に何もなく穏やかやってん。
10月頭くらいや。
例のワイルド店長サン。いきなしひとりで店ぇ現れた思たら、俺に礼言いに来たやら言いはった。ほんで変な気ぃ回しよったチーフに早めの休憩や言われて、裏口らへんでふたりで話すことなってもうたやんか。
聞けば、どうやら夏希ちゃんはキャップ小僧との流れは報告してんけど、俺んことは特に何も言わんかったらしい。
しゃーけどやっぱし俺、嫌いやあらへんけど、あの店長サン苦手やわ。あの人の『上に立つモン』の態ちゅーか、価値観ちゅーか、そんなん見せられる度、否が応でも自分と重ねてまうねん。
――ほんまは薄々、勘付いててんけどな。
何やひつこいくらい礼と侘び言うた後、店長サンは俺が断片的に得た夏希ちゃんの情報を聞かしてくれて言いはった。
「面倒に巻き込む気は毛頭無いです。ただ俺が作ったきっかけで、アイツに関する事実が婉曲して伝わるのを良しとするわけにはいかないんすよ」
「別に俺、鵜呑みにはしてへんですよ。しゃーけど……それ言うたら本人の口から聞くんが筋ちゅーもんやないですか? 気ぃ悪うさしたらすんませんけど、それかて店長サンの主観やないですか」
「あー……平子くんの言う通りです。でも事実ってのは意外と沢山あるんすよ。そこに関わった人間の数だけね」
「……つまり、夏希ちゃん自身が知らん事実いう意味ですか」
「はい、あーと……俺なんすよ、アイツの才能に惚れ込んじまって世間に『川村夏希』の名を広めるきっかけ作ったの。俺にはその責任ってやつがあるんです」
『責任』
そん言葉の重さを嫌でもよう知っとる俺としては、黙ってそん先聞く他なかった。
話によると、夏希ちゃんが店長サンの店で働くようなってからは、まだ2年くらい。
しゃーけど彼女は、専門生ん頃のスクールシップいうコンテストなんかでも、わりかし規格外な作品仕上げる大胆さがあって、当時からそこそこ注目されとったらしい。
ほんで名前は耳にしててんけど、夏希ちゃんがアシスタントやった時のコンテストで、初めて生でその感性目の当たりにしたんやと。
何や稲妻走ったらしい店長サンは、彼女の当時の店長に業界屈指のヘアショーに出してみぃて打診しはったとか。ほんなら若さもあってかえらい絶賛されたらしく、味しめたその店長、とにかくバンバン夏希ちゃんを表舞台に出すようなったらしいわ。
ただ夏希ちゃん自身は、自由に出来るコンテストやヘアショーは楽しいは言うててんけど、あんまし露出するんは好きやなかったみたいやねん。
そん頃から本人の意志と、店の方針や業界傾向なんかにズレがあったんやろな。
「ファッションや髪型にも相応の興味はあるものの、夏希の原点は髪に対する心酔に尽きるんです。情けねぇ話、暫く海外にいた俺はアイツがそういう葛藤抱えてることに気付いたのが結構遅かったんです」
夏希ちゃんが『ロイヤル』いう大手に引っこ抜かれた頃には、もう引き返せんいう感じの状況やったらしいわ。
――そっから暫くして、事件が起きたみたいや。
「……青だよー? ねぇ、平子くんってば」
「んあ、あーすまんな」
アクセル踏み込む度、俺も大事なモン置いたまんま引き返せん方へ向こてる気ぃして、何や妙に胸がざわついてしゃあない。
「嬉しいなぁ、ずっと行ってみたかったお店なんだー」
「しゃーけど何でチワワちゃん単体に奢らなアカンねん。しっかも車やないと行かれへん、えらいめんどい店選びよってからに……」
「だって仕事の後に行ける店なんて限られるし、皆なに奢ったらお金もかかっちゃうじゃん? だから私が代表ー!」
……嘘こけボケが。どんだけ物欲しそな顔しとんのか鏡で見たれっちゅーねん。
しゃーけど何よりワケ分からんのは俺や。ちょっと前まで、こないに分かりやすい子と遊ぶんが一番や思うてたはずやんか。
せやのに、何でや。
――何でこないイライラすんねん。
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