彼女の荷物 10
「すまんなぁ、ちょお開けさして貰うで」
気ぃ引けつつ夏希ちゃんの鞄ん中探らして貰てんけど、頼りのチャリン的な音がまるでせえへん。ケースやチェーンなんかも見当たらんなぁ思て内ポケのチャック開けたったら、まんま素ぅのひんやりした鍵が出てきよったやんか。
「よう迷子になれへんなぁ……」
裸は危ないで? やら思いながら中入った俺は、とりあえずリビングのソファん上にそおっと夏希ちゃんを降ろしたった。……しっかし、ほんーまウンともスンとも言わへんなぁ。まー俺がそうさしてんけども。
感心しつつブーツ脱がしとったら、例のガタンいう音さしてキスケが寝室っぽい部屋からヒョコて現れよった。ほんでちょっと距離置いたとこにえらい綺麗に鎮座しよった思たら、俺んこと翠の瞳でジッと見てきよる。
「あんなぁ……俺、別にやましいこと何もしてへんでぇ?」
何や自分に言い訳するみたくボヤきつつ開いた扉ん先の寝室に向うたら、キスケも俺ん後ろからヒョコヒョコ着いて来よった。
パチンて電気点けたら、麻のカーテン、観葉植物、こげ茶の木製ベッド、レトロなクリアガラスのスタンドライト……案の定、ぬいぐるみ的なモンなんか皆無な部屋や。
「普通に別嬪サンやのになぁ……何や女性ホルモン足りてへんのかぁ? よっ
聞こえんのをええことに好き放題言いながら、俺はもっぺん彼女を抱え上げてベッドまで運んだった。
「ぷ、何やねんオマエ。そない淋しかったんか?」
ほんならすかさずキスケもベッドん中モゾモゾ潜りよった。それ見てコイツが唯一のファンシーやんな思う。
「お! コレええなぁー何や癒されるわ」
上ぇ消してスタンドライト点けてみたら、まんま壁にぼわんて映りよるガラスシェードの網目模様がむっちゃええ感じやった。
「……んあ?」
そのまんま部屋出ようとしてんけど、さっきは気ぃ付かれへんかったモンが目に入ったやんか。――ベッドん足元で口開けとる、一個の段ボール。
別にそんなんあっても何もおかしないのに、何や知らんけど無意識に俺はそろり、そっちに向うてた。
「……!」
ヒョイて覗いて見えたモンが、俺ん頭ん中でまぁたいらん線を繋いでまう。
しゃがんで2、3手に取ってみたら下ん方に数冊、古い週刊誌みたいなんあんのが見えて、すぐにあのキャップ小僧の顔が浮かんだ。
「出る杭は打たれる、か。さもしいお約束やなぁ……」
『愛と嫉妬の狭間で苦悩した○○被告! 若き天才美容師川村夏希は被害者!? 加害者!?』
ハァ〜溜め息吐いて、手に持った『審査員特別賞』やら『最優秀賞』やら書かれとるトロフィーや盾で、ちゃんと隠れるよう夏希ちゃんの傷を埋めたった。こないして纏めて置いとるこの子の気持ち、ほんま何となくやけど、分かるよな気ぃするわ。
こないなモン捨てたったとこで、軽なる荷物、ちゃうやんな。
ヨイショ言うて立ち上がった俺は、ベッドん上で猫みたく丸まってすうすう寝とる子の額をそっと撫でたった。
「……ほんまは、これで良かった思うてるんちゃうん?」
過去のジブンも、詳しい経緯もよう分かれへん。しゃーけど、少なくとも俺ん店で店長サンと話しとった時のジブン、ほんまにええ目しとったで。
「……俺は、どっちが良かってんかなぁ」
今ごろ何喰わへん顔して副官、いや、もうとっくの昔に隊長なりよったんやったっけか。
――あの、ヘラヘラ笑いながら干し柿ばっか食うとったクソチビや。
俺はアイツを、どない汚い手使うてでもきっちり打ったらなアカンかったんかなぁ。
なぁ夏希ちゃん、ジブンどう思う……?
翌朝。普通に自分のベッドで目覚め、一瞬いつもの朝と錯覚した私だったけれど、すぐに服も化粧も昨夜のままであることに気付いた。慌てて時計を見るも未だ朝の6時。徒歩で行くにしても余裕しゃくしゃくな時間だ。
のろのろとベッドから這い出してリビングへ行くと、テーブルの上の灰皿に1本だけ見慣れない吸殻を発見。
「ぬおぉぉ、こりゃ酷い……」
珈琲を落とす準備をしてから洗面所へ行くも、鏡に映る浮腫みとテカりで悲惨まくりな自分の顔には唸り声が漏れた。
すぐにバババと衣服を脱ぎ捨て、熱めのシャワーを浴びながら昨夜の自分を思い返す。タクシーの中、ゲンナリした平子さんの電話の声を最後に記憶が無い。ということは平子さんは……。
私を運んでくれたのか!? あの階段を、5階まで!?
うーわ、最低だ! 最低過ぎる!
そんな罪悪感と同時に、流石は『超人』だと感心することも忘れなかった。
しかし飲んで寝ちゃったわりには、何か憑き物でも落ちたようにスッキリした目覚めだった気がする。家でもない場所で人といたにも拘らずそこまで熟睡したのかと、ほとほと自分には呆れるばかり。
サッパリした後、のんびり珈琲を飲みながら一服し、キスケさんとじゃれ合ってから支度に取り掛かる。寝室に戻ってクローゼットを開けようとしたその時、ハッと私の意識が背後に及んだ。
――振り返った視線の先、ベッドの足元に置き去りの、段ボール。
けれどすぐに私は、まぁいいや、と思った。事実もデタラメも、どう受け取るかなんて所詮は相手の自由だ。そもそも今まで『暗黙のルール』に甘えてきた私が、こういう形で知られたからといって今更理解を求めるなど傲慢以外の何ものでもない。
少なくとも昨日、平子さんはほぼ一部始終のやり取りを聞いていたにも拘らず、その後もいつも通りに接してくれた。
それだけで充分私は救われた。
「ん……?」
玄関で靴を履こうというその時、ドアポストの下に転がっている『鍵らしき』発見。ぷっと思わず笑ってしまう。にゃぁん、と鳴くキスケさんに行ってきまーすと告げ、私は閉めたドアに鍵を差し込んだ。
――その下で、たこ焼きを持ったスパイダーマンがプラプラ揺れていた。
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