彼女の荷物 9
ズズズー ズズズー
「……平子さん」
「んあ、何や? ――おっちゃーん! 替え玉固めぇ!」
ズズッ ズズズズー
「平子さんの食べたものって、何処行くんですか……?」
4回目の替え玉頼んだ俺を、夏希ちゃんは新種の生きモンに会うたみたいに呆けて見とる。それ見て、そういやこの子と飯らしい飯食うん初めてやったな思うた。
「あーそら全部下から出てもうてるんやろなぁ」
「……燃費悪いんですね」
夏希ちゃんに連れて来て貰たんは、シンプルでむっちゃ美味い博多ラーメンの店やった。昔ながらのラーメン屋ぁいう感じで、店主の愛想もええ。
安い子いう意味ちゃうけど、最初の気取らん印象からしたら断然こっちのが『らしい』。俺の前におる夏希ちゃんは、どう見ても『違う世界の人』やない。
せやのにこないな時、長年の経験か何か知らんけど、少ない情報ん中でも無駄にはたらいてまう勘っちゅーモンは難儀や思う。
「プッハー! 腹いっぱいなったわ。待たしてすまんかったなぁ」
「いえいえ、人類の神秘を堪能させて頂いたんで」
「ほぉか? ほな100万円でええでぇ」
「うわ出た、ハイパーインフレ。じゃーはい、1000万円札!」
――しゃーけど別に、そんなんどうでもええわ。
言いたないこと、言えへんこと。そんなんの1個や2個や3個、お互いサマや。お互い深入りせえへん代わりに、変な線引いたりかてしてへん。それやなかったら、今こないして一緒にラーメン食うたりしてへんやんな。
“ありがとうございました”
この子がスッキリした顔なって、ムズムズもせんと、今こないしてフザけ合うとる。それでええやん。
「げ、雨降ってますよ……」
「うわ、ほんまや。こらタクシーやな。あ、しゃーけどジブン、チャリンコ駅やんな?」
腹いっぱいなって店出たらポツポツ雨が降っとって、何や9月とは思えへんブルってなる風が吹いとった。こないな日は徒歩らしいねんけど、働いて、酒飲んで、揉めて、ラーメン食うた夏希ちゃんも流石にダルそうや。
「あー……乗っちゃいましょう、タクシー。明日は早めに起きます」
もう帰るだけやいう安堵感で満ちとる、程好くぬくい車中。雨の線がぴぴぴて走る窓越しの街は、輪郭がぼやんなってて何や歪つに見える。ほんのり眠いんか、窓に頭もたげとる夏希ちゃんは虚ろな目ぇでボーッと外見とるわ。
何ちゅーか夏希ちゃんは、あんまし無言とか気にせえへん子ぉや。俺もそれが気にならんいうんも、楽や感じる理由のひとつなんかも分からんなぁ。
腑抜けた頭でそんなん考えとったら、ポケットで携帯がブーン! 振動しよって、ビクてちょっとケツ浮いた。気ぃ付いてくすて軽く笑いよった夏希ちゃんは、しゃーけどすぐにまた窓ん方向きよる。
ヤイヤイ言われたらダルイ思て放っとくも不在着信件数は増える一方、画面から『チワワちゃん』が消えてくれへん。
ピッ
「もし――」
「ちょっとー! いつまで席外してるつもりなのー!? 平子くん今どこ!?」
運転手サンもミラー越しにチラリしよるボリューム。目ぇまん丸にさしてこっち向きよった夏希ちゃんに至っては、目が合うた途端「ほれみぃ」言わんばかしのニヤリ顔。
やっぱし何の断りもせんかったんはマズったわ。具合悪なったから帰ることにした言うても、チワワちゃんはひたすら『逃げた』てひつこい。
結局、何やサッパリ意味分からへんけど、今度俺が何か奢るいう話で纏められて電話は終わった。
「あー何や、やかましゅうてすまんなぁ……て、何や落ちてもうたんかい」
あないでっかい声響いとる中、いつの間にやら夏希ちゃん、窓にコテン頭つけてすうすう寝とったわ。……しっかし、えらい綺麗な顔して寝るもんやなぁ。
アパートまでもうちょいやったけど、俺は運転手サンに見付からんよう、もっと深く眠らしたった。
「うぉ、軽っ」
夏希ちゃんこと背負うた俺が思わず言うたら、降ろすん手伝ってくれた運転手サンが「やっぱり女性ですねぇ」なんか言うて笑いはった。
おおきに言うて階段下まで来た俺は、例によって周りに誰もおらんか確認する為にそこで一旦停止。ほんなら、ふわって夏希ちゃんの髪が前に来よって、何やちょっとドキッとしてもうたやんか。
――ひよ里ん髪と同し匂いやのに。
“やっぱり女性ですねぇ”
…………ぶはっ!
しゃーから何処の青臭いガキやっちゅーねん俺は! 相手、ひよ里と仲良うしとるお隣サンやで!? いつもの遊んで終われる後腐れない子ちゃうねんて!
「男っちゅーんはつくづく難儀な生きモンやわ……ほな帰ろなぁ、夏希ちゃん。ジブン、今日頑張ったから特別やねんぞ?」
そないしょーもないことボヤいてから、俺はターン! 地面を蹴って5階まで上がったった。
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