彼女の荷物 5
ビリヤードやらダーツやらあって遊べるらしいバーラウンジ。パッと見ただの雑居ビルっちゅー感じの地下のそこに連れて来られたはええけど。
……ここまでくると、何やもう笑うしかないやんいう感じや。
10秒かそんくらい経って、ようやっと夏希ちゃんはチーフに挨拶を返しよった。そん話からするに、どうも夏希ちゃんとこのアシスタントの子の留学が決まったとかで送別会やっとるらしい。
こっちは歓迎会、あっちは送別会。同し空間で真逆の会を開いとる、俺ん仲間と友達の『お隣サン』に会う。そないな時、どない感じでおったらええもんか、ほんーまに分かれへん。
ほんでもって夏希ちゃん、何や知らんけど、まぁた今日もガラッと雰囲気ちゃうし。
今日は束に分けた前髪ねじって留めとるだけの、ふあふあ降ろしとるヘアスタイル。
パッチワークっぽいロンスカにブーツ、全体的に柔らかあて可愛いらしい感じやわ。
何や恒例なってきとる変身チェックに呆けてたら、話し終わったんか自分らのとこ戻り掛けた夏希ちゃんがペコてしてきよった。しっかもそん時、帽子のツバ持つみたぁな仕草してニッて笑いよったやんか。うお、何や知らんけど今日めっちゃ可愛いいビーム出とるー! 思いながら、俺もハンチングのツバ持って何とかニヤてしといた。
「素敵だよねー川村夏希さん!」
「んあ……?」
何や俺ん横でくりっくりの目ぇキラッキラさしたチワワちゃんが、夏希ちゃんの行った方見ながら言いよってんけど、何でフルネームやねん。チーフかて『なっちゃん』呼んどるくらい馴染みなんちゃうんか?
「アジールの人たち、結構うちの店来てくれるけど、やっぱ店長さんと川村夏希さんだけは違う世界の人って感じだよねぇ……」
しゃーから何でフルネームやっちゅー……ん? 違う世界の人ぉ?
「ほぉかぁ? 確かにこないだなんかイカツイ臭全開やったけど、俺がオムライスん上にパセリで変顔作って出したったら、ふたりして腹抱えてぶっはー笑うとったで?」
「もー! そういうことじゃないってー! ていうか素で言ってるわけじゃないよね?」
……しっかしこの子リアクションはデカいねんけど、ただデカいだけでほんーま薄いねんなぁ。
「は? 素ぅに決まっとるやんけ。俺今日まだ休憩中の生一杯しか飲んでへんねんでぇ?」
「だってもう、オーラからして一般人じゃないじゃーん!」
しゃーから……! 休憩中かて酒飲んでええワケ な い や ん か!
「ハァ? まー何やよう分からんけど、夏希ちゃんそないお高い感じの子ぉやないで? 何やちょっと、鋭いんか抜けとんのか分かれへんとこあるけど、めっちゃ気ぃ遣いーやし」
「え!? 平子くん、川村夏希さんと知り合いだったの!?」
は……? ちょ、何?
チワワちゃんがバカでかい声出しよったんにしても、何を一斉にガッバー振り向きよることあんねん。
「知り合いっちゅーか……夏希ちゃん俺んとこのお隣サンやねんけど?」
「よぉ〜今来たらしいな、歓迎会だって?」
俺が答えたったとこで、例の店長サンが4、5個の空いたショットグラス持って陽気に現れはった。ほんで俺んこと見て「こないだはご馳走さんでしたー」てわざわざ言うてくれはってんけど、今日もバリッバリワイルドや。
それを機にやっと俺らも席行くことんなって、何や色々引っ掛かっとるけど、ぶっちゃけこれ以上夏希ちゃんの話続けるんもイヤやった。
本人おらんっちゅーのも気ぃ引けるし、何より『川村夏希サン』いう響きの誰やねん言いたなる違和感。加えて、さっきまでフッツーに夏希ちゃんに対応しとったバーテンまで、俺らん会話に耳そばだてとったんも気に喰わへんかった。
何や今日のムズムズはえらいけったくそ悪いわ。いや、ちゃうな。この感じはアレや。
――虫唾が走るいうヤツや。
「あれ?平子くんどこ行くのー?」
「あー、放尿や」
歓迎の乾杯して貰うても何やどーも気分が晴れへんくて、俺は便所でザブザブ顔を洗うたった。せや、大人は切り替えが大事やもんな。
そんなん思いつつちょいスッキリして出たら、何でか微妙に険しい表情の店長サンが俺の前横切って入り口ん方に行きはった。何となしに目で追いつつ、だるいけど戻るかぁ思て進み出した時やった。扉ん前でピタて止まった店長サン、いきなしクルーっ踵返してその顔のまんま俺ん方ズンズン来よったやんか。
なになに!? 俺に何かぁ!?
「すんません、ちょっと変な頼みしてもいいっすか」
「は!? な、何でしょかぁ……」
変て!? さらっとニッコリ「はいデス」とかよう言わんぞ、俺は。しゃーけどこの人、ほんまに怖い人なんか? 見た目と違うて、めちゃめちゃ腰低い思うねんけど。
「あーえーと……夏希のお隣さん」
「んあ、平子いいますわぁ」
「あーと……平子くん? は、引越して来るまで夏希のこと知らなかったんですよね?」
「はいぃ!?」
『くん』でええか? みたぁな疑問系やったから、とりあえずうんうん頷いててんけど……何やねんその質問は。あったりっまえー! やんか。
「あーやっぱりか……あのー悪ぃんですけど、夏希今ある男と外で話してて。でーあの、ちょっと様子見て来て貰えないですかね?」
「は!? いやいやいや、ぜっっぜん意味分かれへんのですが!?」
「あー何つったらいーかな……」
よう分かれへんけど、口調や表情は普通やっても、何やこの人なりに余裕あれへんいうんは、何となく分かった。
「しゃーけど……何で店長サンが行かはらないんですか?」
「いやー、場合によっては俺には見られたくない状況かもしれないんですよねぇ……」
……どないやねんそれ。男と話しとんのやろ? 俺にも見られたない状況やったりしたらヤバイやんけ。
「まー知らん仲っちゅーわけでもないんで別に構へんですけど……見て来るだけでええんですよね?」
「あ、はい。アイツ多分、自分でカタ付けられると思うんで」
……アカン、もーサッッッパリ分かれへん。
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